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あじろ けい

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あらすじ

テレビ番組の生放送中、霊視によって行方不明だった子供の遺体が発見される。自称霊能者だという男の能力を疑いながらもスメラギは事件現場となった「神隠しの森」へとむかうのだった。

sumeragi4.jpg

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テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 1-1

「いらっしゃい!」
 のれんをくぐるなり、威勢のいい中年女性の声を浴びせかけられた。声の主は、定食屋“よろず”のおかみである。おかみは両腕に料理の乗った皿をいくつもかかえ、狭い店内を器用に動き回っていた。
 厨房から顔をのぞかせている店主が
「いいサンマが手に入ったんだ。塩焼きがうまいよ」
 と言うので、スメラギは軽くうなずいてみせた。それが注文の合図だった。
 “よろず”との付き合いはスメラギが中学生の頃からだから、もう10年以上になる。母とは幼い頃に死に別れ、父は家庭を、というよりスメラギを顧みない男だった。当然、料理などするわけもなく、食事はインスタント食品が主で、よくて定食屋へ連れてこられた。それが“よろず”だった。
 ひとり暮らしをするようになっても食生活に変わりはない。インスタントや冷凍食品に飽きると、よろずの味が恋しくなる。金がなくなればインスタント食品に後戻りするのいったりきたりをスメラギは繰り返している。
 10年以上もの間、月の半分も顔を出していれば家族も同然で、黙っていても白飯は大盛りで、漬物だの煮物だの、メニューにはないおかずの小鉢が一、二品ついてくる。おかみは、口では食べないといけないといいながら、スメラギが嫌いなトマトの付け合わせはよけておいてくれる。子どものいない夫婦にしてみれば、スメラギは息子も同然に思えるらしく、何かと気をまわしてくれる。実際、スメラギほどの年の子どもがいてもおかしくない年齢の夫婦だった。実の親ほど距離は近くなく、しょせんは店主と客という、断とうとおもえばいつでも切れる関係がかえって心地よく、スメラギはつい二人に甘えてしまう。今晩の夕食は旬のサンマの塩焼きに、サトイモとインゲンの煮物、ホウレンソウの胡麻和えの小鉢がついてきた。
「相変わらず、上手いね」
 サンマをつついていると、魚の食べ方がきれいだと褒められた。幼馴染の美月龍之介だった。仕事帰りによろずに寄ったものとみえ、白衣(びゃくえ)に浅葱色の袴姿である。美月の家は代々、富士野宮神社の神主を務めている。現在の宮司は美月の父親で、美月自身はその補佐役の禰宜(ねぎ)の職に就いている。
「きれいに食ってやらねえと成仏できねえだろうからな」
 スメラギは箸先を器用に操って骨から身をはがして口に運んだ。
「スギさんほどきれいに食べてやれないことだし、僕は生姜焼き定食にするかな」
 壁にずらりと並んだ品書きに一通り目をやり、美月は水をもってきたおかみに注文を告げた。
「お前が外食なんて珍しいな。おやじさんはどうした?」
「町内会の集まり。遅くなるから出先で食ってくるって」
「妹は? 最近料理始めたって言ってなかったか?」
「高校の修学旅行で、今いないんだ」
「ふたりともか?」
「うん」
 美月もまた数年前に母親を亡くしていた。美月には姉がいるが、その姉はすでに他所へ嫁いでいる。母親が亡くなってからは必要にかられて台所にたつようになった妹たちはふたりともに留守とあっては、美月とて独身ひとり暮らしのスメラギとかわりない。だが、スメラギと美月には決定的な違いがあった。
「女は? つくってくれる女ぐらい、いんだろ?」
「今はいないねえ」
 美月はふいと横をむいてしまった。美月はもてる。美月とは中学時代からの知り合いだが、その頃から美月は彼女という存在を欠かしたことがない。背が高く、柔和な面立ちで、やさしい物腰だから女の方が美月をほうっておかない。同じ背が高いのでも、スメラギとは大違いである。スメラギとだけは女の話はしまいと決めているかのように、この手の話になると美月の口は重くなる。それを知っていながら、スメラギはわざと話をふっかけるのが常だった。
「この間、みかけた女は?」
「もう終わったんだ……」
 一週間前、スメラギは女づれの美月をみかけた。3か月前とは違う女だった。もてる美月だが、もてるからこそだろうが、関係が長続きしたためしがない。
「お前なあ……お前みたいなんが女とっちまうから、こっちにまわってこねーんだよ。少しはこっちへまわすようにだな」
「スギさんに?」
 向き直った美月の目が大きく見開いていた。スメラギに女を紹介するなど、おもいつきもしなかったと言わんばかりの驚きようである。
「嫌だね」
 美月の物言いははっきりしていた。冗談にしてはやや険のある声音だった。
「スギさんには絶対女がいかないようにしてやる」
 そう言い放って美月はそっぽをむいたが、口元が少しほころんでいた。幼馴染のスメラギにだけ彼女ができないようにする企みが楽しくて仕方ないと笑いをかみ殺しきれずにいるらしい。
 食べ物を粗末にするなとおかみに叱られるのを承知で、サトイモのひとつでも投げつけてやらないと気がすまないと一番大きなイモをさがしていると
「ああ、鴻巣さんだ」
 スメラギに横顔を向けたまま、美月がふとつぶやいた。その視線の先には天井から吊られたテレビがあった。
「誰だって?」
 つられてテレビ画面を見上げるスメラギの目に、緊張した面持ちの四十がらみの男の顔がうつった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 1-2

 警視庁捜査一課刑事、鴻巣一郎とは、とある事件を通して知り合った。時効の迫ったその事件をどうしても解決したいと鴻巣はスメラギを頼ってきたのだ。スメラギは表向きは浮気調査などを行う探偵稼業を営んでいるが、その裏では自身の特殊な才能を生かした仕事を請け負っている。
 スメラギは霊がみえる。生まれついての白髪はその特異体質と何か関係があるのかもしれない。霊視防止用にあつらえた紫水晶のメガネをかけていない限り、スメラギには、霊が生きている人間と何ら変わりない姿で見える。味噌汁をすすろうとしてくもったメガネをはずしたスメラギの目には、入り口近くの席につく老人の姿が見えている。上品な様子の老人は厨房の奥をみすえてじっとしている。テーブルの上には何も置かれていない。おかみはさきほどから近くを行ったり来たりしているが、注文をとる様子もなく、老人を無視し続けている。それもそのはず、おかみには老人が見えないのだ。
 霊のみえるスメラギは、この世に未練ある霊たちの心残りを解消し、成仏させる仕事に携わっている。鴻巣は、殺人事件の被害者の霊と話をして犯人を割り出してもらえたらとの依頼をもちこんできた。彼との付き合いはそれ以来である。その事件、子どもを含む一家全員が殺害され遺体の一部が持ち去られた富士見台一家殺人事件は思わぬ展開をみせ、もうひとつの未解決事件を生み出した。当時、富士宮署の刑事だった鴻巣は、現在は引き抜かれて警視庁の捜査一課刑事である。
 スメラギの知る鴻巣は、四十を少し過ぎた疲れた中年男だが、テレビにうつっている鴻巣は肌の艶もよく、心なしかふくよかで健康的にみえる。いつもはアイロンもろくにあてていないシャツに申し訳程度にネクタイをしめているだけだというのに、今日に限ってノリのきいた白いシャツにきちんとネクタイをしめ、地味だが清潔感のあるスーツを着ている。公務員らしいかっちりとした格好だが、シャツのすぐ下に抜き身の剣を抱えているような刑事独特の鋭さは隠し切れずにいた。
 鴻巣が出演しているテレビ番組は、未解決事件への情報提供を求めるという趣旨のものだった。事件発生から時間を経るにつれ、人々の関心は薄れ、記憶もあやふやになっていく。今一度、事件当時の記憶を呼び覚ましてもらおうと、事件のあらましを再現ドラマで説明し、解決につながる情報の提供を視聴者に呼びかけるという番組構成だった。鴻巣は、富士見台一家殺人事件と、事件関係者が殺害されたもう一つの事件との二つの事件の担当刑事として、どんなに些細な事柄でも構わないから情報を寄せてほしいと緊張した面持ちで懇願していた。
 情報を受け付けている電話番号のテロップが流れ、画面はコマーシャルに切り替わった。とたんにスメラギのケータイが鳴った。出てみれば、それはさっきまで画面を通して見ていた鴻巣からだった。
「おい、どうだったよ」
 鴻巣の声がいつになく上ずっている。上気した顔いろが容易に思い浮かんだ。
「様になってたぜ、頭下げるのが」
「何でもいいから、情報くださいって言って頭下げてこいって上から言われてきたからな」
「おっさん、化粧してたろ」
「テレビに出るってんで、なんか、塗りたくられちまってよぉ」
 生放送のテレビ番組に出演したとあって興奮気味の鴻巣とスメラギとが中学生同士のようなやり取りをしている間に、コマーシャルが終わり、番組が再開した。
 スタジオのセットで、司会役の男性タレントが次の事件を紹介している。画面は再現ドラマに切り替わった。その事件は幼児失踪事件で、通称「深山(みやま)の神隠し事件」として知られていた。
 7年前の8月、村上勇樹ちゃん(当時3歳)は、近所の子どもたちとそろって帰宅した。じきに昼食だからと玄関先の勇樹ちゃんにむかって声をかけ、母親は台所に引っ込んだ。昼食のそうめんを手に居間にやってきた母親は勇樹ちゃんがいないと気づいた。その間、わずか数分である。不思議に思い、母親は勇樹ちゃんを捜したが庭にも家のどこにも勇樹ちゃんの姿は見当たらなかった。
 自宅周辺に他の民家はない。村上家は人里離れた場所にぽつんと立つ家だった。一緒に遊んでいた近所の子どもたちの家まで、大人の足でも十五分はかかる。勇樹ちゃんの姿が見えないと知ると、母親は慌てて子どもたちの後を追った。走っていったのと、子どもたちが道草をしていたのとで、母親はすぐに彼らの背中に追いついた。母親は勇樹ちゃんが追いかけてきやしなかったかと尋ねたが、誰も勇樹ちゃんを見たものはいなかった。周囲は見わたす限りの野菜畑で視界は開けている。母親は子どもたちの後を追いながら道々勇樹ちゃんの姿を捜してきたのが、子どもが隠れるような場所はなかった。自宅に戻った母親は、今度は庭の片隅にたつ蔵の中をさがした。常に鍵をかけてあるのでまさか蔵には入っていないだろうと一旦は無視したものの、やはり気になったらしい。この蔵はその後、捜索の対象となった場所だったが、勇樹ちゃんは発見されなかった。
 ところで、自宅の裏には一家が所有する山林があった。勇樹ちゃんの自宅付近一帯にはかつて深い森の山々が連なっていたが、伐採と開発が進んだ現在は、地名としての深山(みやま)が残るばかりである。
 山とはいうものの、それほど高さはなく、せいぜい勾配のきつい坂道が続き、ところどころに樹木が茂っているといった程度のものだった。とはいえ、幼い子どもが入ったら迷うのは必至の場所には違いない。実際、勇樹ちゃんが行方不明になる1年前にも幼い男の子が付近で姿を消していた。
 母親ははじめ、勇樹ちゃんはこの裏山へ迷いこんでしまったかと疑い、とっさに縁側から山への入り口付近に視線を投げかけたが、遠目にも勇樹ちゃんの姿は確認できなかった。自宅と裏山とは少しばかり距離がある。子どもの足ではそうは遠くへ行けない。もしも勇樹ちゃんが裏山へ向かっていたとしたら、家にいないと気づいた母親が庭先から裏山の方向を見た時点で勇樹ちゃんの姿を目にしていたはずだった。それだけの時間と距離の余裕があった。にもかかわらず、勇樹ちゃんの姿はなかった。それで、母親はもしかしたら近所の子どもたちの後を追いかけていったのかもしれないと思い、慌てて家を飛び出したのだった。
 母親が昼食を用意していた数分の間に、勇樹ちゃんは自宅から忽然と姿を消してしまった。事件が神隠しと呼ばれる所以である。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 1-3

 再現ドラマが終わった。画面はスタジオに切り替わり、さっきまで鴻巣がいた場所には勇樹ちゃん失踪事件の担当刑事が座り、どんな小さな情報でもいいいので寄せてほしいと鴻巣同様に深々と頭を下げた。男性司会者が情報を受け付けている電話番号を案内すると、カメラがスタジオ内にあつらえられたテレフォンブースを映しだした。新人らしき若いアナウンサーが緊張した面持ちで失踪当時の勇樹ちゃんの服装を紹介し、画面はイラストで描かれた勇樹ちゃんの姿に切り替わった。赤い無地のTシャツに、モスグリーンのショートパンツ、靴は当時はやっていたアニメのキャラクターがプリントされたものをはいている。画面の片隅にはふたつの顔写真が並んでいた。勇樹ちゃんと、勇樹ちゃんの兄のようにみえるその写真は、失踪当時の写真と、成長した現在の想像図とを並べたものだった。画面は再びテレフォンブースにかわり、アナウンサーが番号を復唱する。その背後で、オペレーターたちが次々となる電話を取っていた。
「で、どうなんだよ。情報ってのはきてんの?」
 スメラギは鴻巣の頭を下げた結果を尋ねた。
「いたずらがほとんどらしいぞ。それでもこっちは仕事柄、無視できねえけどな。たまに使い物になる情報ってのがまぎれているらしいが、それを見分けるのが一苦労なんだって。まあ、俺の担当事件に関してはお前も知っている通り、寄せられる情報の十のうち十がガセだけどな」
 富士見台一家殺人事件は犯人逮捕に至らないまま時効を迎えてしまった。引き続いて起こった被害者遺族の殺人事件でも同じように遺体の一部が持ち去られた点から、当局では同一犯による犯行と断定し、事件を追っている。だが、スメラギも鴻巣も、犯人は決して捕まらないだろうと知っている。二つの事件の犯人は別人である。富士見台一家殺人事件に関していえば、犯人は死亡している。この事実を知っているのは、スメラギと鴻巣だけだ。二つ目の事件の犯人については、鴻巣は何の見当もついていないが、スメラギはその正体を知っている。鴻巣とスメラギだけが知る、二つの事件の犯人は別人という真実は世に出せないので、表立っては鴻巣も同一犯として追っているようなポーズを取ってみせるしかなかった。
 コマーシャルがあけた。スタジオの男性司会者のすぐ隣には若い男が座っている。黒いシャツに黒い光沢のあるネクタイをしめ、スタジオ内だというのにサングラスをかけている。全身黒ずくめの服装のせいで、肩までの金髪がひときわ輝きを増している。
 画面には彼の名前と肩書きが表示されていた。

 スピリチュアルリーダー
 東雲青竜(しののめ せいりゅう)

「霊能者ぁ? んなもん、インチキだぜ」
 鴻巣と話しているスメラギの声が裏返った。スタジオにいる鴻巣から男についての詳しい紹介があった。夏休みの間中、各局で放送されていた心霊スポットめぐりだの、心霊写真を検証するテレビ番組で霊視能力をひけらかし、中性的で妖艶な外見のおかげもあって一躍時の人となった人物だという。
「じゃあ、おメェは何だってんだよ。霊能者じゃねぇのか? 霊がみえんだろ?」
「俺の他に霊視ができるやつがいたっておかしかねぇが、テレビに出るような奴らなんざ、全部ウソもんだぜ。最近、近しい人を亡くされましたねとかなんとか口火を切って、それでカモがほいほい『ええ、母が』とか何とかしゃべり始めたら、後から『実はお母さんの霊がさっきから私に話しかけてきて』とか言うんだぜ。見えてるなら、最初っから、あんたのおっかさんが、って言えるじゃねえかよ。それができないってことは、見えてないからっつーわけで、んなもん、霊能者でも何でもねえって」
 専門用語ではコールドリーディングという。あらかじめ、いくつか普遍的な質問を用意しておき、対象者に投げかけていく。たとえば、「身近に亡くなった人がいますね」と質問されたら、対象者は思い当たる人物を思い浮かべる。大抵の人間は、誰かしらを失っている。「はい」と答える。その際、「はい」という回答だけではなく、「叔母が亡くなって」などという情報が得られたらしめたものである。対象者の年齢などから叔母の年齢は推測できるし、その後のやりとりから関係の深さなども推し量ることができる。後ははったりで「~ですね?」「~ではありませんか?」と語尾をあげての会話を続ければいい。まぐれあたりなら相手は驚くし、外れたとしても「いいえ、××です」と相手の方が次につながる情報を口にする。このトリックは占いにも用いられている。若い女性なら、悩みは十中八九、恋愛だろう。「彼とうまくいっていませんね―」(うまくいっていたら誰かに相談しようなどとは思わないはずだ)口火を切るのはこの一言で、後の火は相手が勝手に燃やしてくれる。
 いかにインチキ霊能者が世の中で幅をきかせているかをスメラギが鴻巣相手に延々と語っている間中、生姜焼き定食に手もつけずに画面に見入っていた美月だったが、突然、ケータイ片手のスメラギの袖を軽く引いた。
「あんだよ?」
「この男、スギさんと同じこと言ってる――」
 東雲青竜はサングラスに手をやっている。司会者をはじめ、ゲストやスタジオ観覧客の視線はそのサングラスにむけられている。
 東雲青竜の説明によれば、サングラスにみえたその丸メガネは黒水晶を磨いたもので、霊視を防止するためにかけているのだという。
 スタジオに霊がいるかと司会者にきかれ、東雲青竜はメガネをほんの少し鼻の下にむかってずらしてみせ、「いますね、だからかけてないと人間をみているのか霊をみているのか判断がつかない」と言った。とたんにスタジオ中にどよめきがわき起こった。スタジオのどこに霊がいるのか、もしかして自分のすぐそばにいやしないかと、誰もがそわそわと左右を見回したり、背後を振り返ったりと落ち着かない様子でいる。
 司会者やゲストたちは、メガネを外した東雲青竜の目元に注目していた。それはカメラの向こう側にひかえる視聴者たちも同じだっただろう。視聴者の要望を受けたかのようにカメラは東雲青竜の顔をアップに映し出した。長い金髪とは対照的に黒々とした眉毛は丁寧に整えられており、目元は、瞳の色と同じ青色のアイシャドウに黒のアイラインで縁どられ、妖し気な雰囲気をかもしだしている。目立つようにと髪は染めたもの、青い瞳もコンタクトレンズなのだろうが、それにしては透明度が高く、瞳の放つ煌めきが自然でまっすぐだった。
 スメラギは、東雲青竜に本当に霊がみえているのかどうかを見定めるように画面に食い入った。
 スメラギが知る霊能力者はすべて、皇(すめらぎ)家の人間に限られる。父、慎也はもちろん、その父、そのまた父と、霊視能力は皇の血に深く潜み、子に孫にと受け継がれている。そういう血が他に流れていてもおかしくはない。霊視能力をもつ人間には、霊は生きた人間と変わりなく見える。霊を見ているとは気づかず、霊能力者としてではなく普通に生活している人間もいるかもしれない。霊視能力を持って生まれたスメラギは、紫水晶で作られたメガネをかけていないと生きた人間と霊との区別がつかない。
 霊がどのようにこの世に存在しているかについては、見えている人間にしかわからない。生きている人間と変わりない姿でいると言い切った東雲青竜は、ひょっとすると自分同様、“本物”の霊能力者なのかもしれない。仲間であるかもしれないとおもうとスメラギは肌の粟立つほどの興奮を感じずにはいられなかった。
 司会者に促され、東雲青竜はスタジオでの霊視を始めた。まだ若い、二十代前半ぐらいの女性をじっと見ていたかと思うと、東雲青竜は「最近親しい人を亡くされましたね」と言った。女性は眉をひそめ、「ええ」とだけ答えた。どうやらコールドリーディングを警戒し、身構えているようである。東雲青竜はかまわずに質問を続けた。
「随分と親しい仲でしたね」「男性。亡くなったのは、そう、この半年の間?」
 だが女性は言葉少なに「ええ」と返事するだけだった。あまり語りたくないことなのか、心を閉ざしているようでもある。
「その方ですが、今、あなたのそばにいますよ」と東雲青竜が言うと、スタジオ中がざわついた。女性は思わず自分の背後を振り返った。
「その方からのメッセージです。自分を責めることはない。君は自分の幸せを求めてほしい。そうでないと安心してあの世にいけない。それから、指輪を身につけるのはやめて、海でも流してくれと言っています。海での事故だったんですね。波が……ずい分高い……ああ、サーフィン」
 とたんに女性は泣き崩れ、堰切ったように話し出した。亡くなったのは恋人で、サーフィンをしていて高波にのみこまれてしまったのだという。そろいで買った指輪を、女性はペンダントとして常に身につけていた。女性が胸元からその指輪を取り出して見せると、カメラが寄っていった。
「彼は本物の霊能者かなあ、スギさん。スギさんにも彼女の恋人の霊がみえるかい?」
「霊ってのは、テレビにはうつんねえからなんとも言えねえなあ」
 ケータイの向こうの鴻巣からも同じ質問をされ、スメラギは美月にも鴻巣にもこたえたととれる返事をした。
 東雲青竜には見えたという、若い女性の恋人の霊がスメラギには見えなかった。目には生きた人間と変わりなく見える霊はしかし、テレビなどには映らないので、東雲青竜が霊能者であるかどうかの判断は保留となった。
 仲間を失って落胆したというと奇妙になる。東雲青竜がスメラギと同類であるかははっきりしなかったのだから、そもそも仲間を得てはいない。それでも、手にしたとおもったものが指先をかすめていってしまったさびしさをスメラギは感じずにはいられなかった。
 司会者がコマーシャルがあけに東雲青竜が勇樹ちゃん失踪現場を霊視と予告し、画面はコマーシャルに切り替わった。一分もしなかったはずのコマーシャルだが、スメラギにはやけに長く感じられた。いつの間にか、よろずの他の客たちも口は動かしながら目はテレビにくぎ付けになっていた。
 コマーシャルがあけた。勇樹ちゃん失踪事件を再びざっとふりかえり、画面はスタジオから失踪現場となった勇樹ちゃんの自宅へと切り替わった。
 自宅周辺に他の民家は見当たらない。秋の日の落ちは早い。撮影のためのライトがなければ自宅の裏にある山林は、たちはだかる深い闇の塊としか見えなかった。テレビクルーの一行はライトを手に山の奥へと進んでいった。東雲青竜が先へと促したからである。東雲青竜によれば、やはり勇樹ちゃんは山へと入って行ったのだという。だとすればその姿を母親が見ているはずの矛盾点については誰も指摘しなかった。
 スタジオから東雲青竜は現場のクルーたちに行き先を告げた。「右へ――」「左へ――」。彼は、山にさまよう霊たちから情報を得て当時の勇樹ちゃんの行方を追っているのだという。やがて見えてきた「私有地につき立入禁止」の看板をクルーたちが通り越すと、東雲青竜はさらに先へ進むように指示した。
 一行は先を急ぐ。看板からほどなくして広場のような場所に出るはずだと東雲青竜は予告していた。一行はその場所を目指している。落ち葉を踏みしだく乾いた足音と虫の音、現場の様子を伝えるリポーターの男性の押し殺した声以外に何も聞こえない。撮影ライトの光が闇を切り裂き続けていくこと数分、突然林が途絶え、一行は広場に行き当たった。まるで木々がそこだけむしりとられたような空間ができている。雲間からの月の光がそこだけ強くあたっていた。どうやらそこが東雲青竜のいう“広場のような場所”であるらしい。
「そこに勇樹ちゃんは眠っています――」
 ワイプ画面でうつっている両親の顔がこわばった。
 画面はいきなりコマーシャルに切り替わった。スメラギの気のせいなどではなく、今度は本当に長い間コマーシャルが流され続けていた。同じ清涼飲料水のコマーシャルが間にスポーツクラブのコマーシャルを挟んで三度流れ、その局でこの秋から始まるというドラマの宣伝が立て続けに二度流れた後にようやく番組が再開した。
 画面にはスコップで地面を掘っているスタッフたちの姿が映しだされた。その様子をリポーターが小声ながらも滑舌よく伝えている。ワイプ画面にはスタジオにいる東雲青竜、自宅にいる勇樹ちゃん両親とがかわるがわるに映し出されていた。東雲青竜は自分の仕事は終えたとばかりに両目をかたく閉じて微動だにしない。勇樹ちゃんの両親は固唾をのんで現場の様子を見守っている。
 突然、地面を掘っていたスタッフのひとりの動きが止まった。スコップの刃先に何か感触を得たようで、声をあげて人を呼んだ。とたんに他のものは作業の手を止め、声をあげたスタッフの周りに集まった。揺れ動いていた画面がようやく落ち着いたかとおもうと、その中心にはどすぐろい地面が映し出された。掘り返されたばかりでしっとりと艶めいた地面の底に、かすかに白いものがみえていた。スタッフのひとりが底にかけおり、素手で丁寧に白いものの周囲をかきだしはじめた。底を見下ろすスタッフやリポーターたちの姿が画面のはじにうつっていたが、リポーターはもはや語ることをやめて黙りこんでしまっていた。深い秋の夜に、求愛の虫の音ばかりがかまびすしい。
 やがてほりかえされたものは、小さな人間の頭がい骨だった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 2-1

 夜が明けるなり愛車のビートルを飛ばすこと数時間、スメラギと美月は、霊能者と称する東雲青竜の霊視によって白骨死体がみつかった山林にたどりついた。霊視によって遺体が発見されたとあって、勇樹ちゃんの自宅や遺体発見現場となった山林の付近はマスコミ関係者でごったがえしている。砂糖にむらがるアリのごとくの彼らを横目に、スメラギと美月は山へと分け入っていった。
 山林は、勇樹ちゃんが失踪した当時、捜索の対象となった場所だった。母親も、勇樹ちゃんは裏山へ迷いこんだのではないかと恐れ、真っ先に目をむけた場所だったが、近所の人々や警察によるその後の捜索でも、勇樹ちゃんは発見されなかった。
 勇樹ちゃん失踪事件は、通称「深山の神隠し事件」として知られている。深山と呼ばれる勇樹ちゃん自宅の裏山付近では、勇樹ちゃんの事件以前にも不可解な事件が続いていた。裏山付近をうろついているのを目撃された人々がその後行方不明になるというもので、秘かに神隠しではないかと噂され、山林は神隠しの森と呼ばれて恐れられていた。
 勇樹ちゃん失踪事件も他の行方不明事件同様、神隠しにあったのではないかと地元では囁かれていた。もちろん、神隠しにあったのだという非現実的な説を警察は支持しない。だが、勇樹ちゃんを含め、行方不明者たちの消息は一向に知れなかった。
 昨日の生放送番組で白骨死体がみつかるまでは――

「数珠、この先、何があっても外すなよ」
 山へ一歩足を踏み入れたとたん、スメラギは美月の左手首をつかんだ。
「わかった」
 スメラギの手を払いのけた美月の手首に、水晶の数珠があらわになった。美月の家系は霊媒体質だ。美月家の女にしかあらわれないその体質が、美月の代に限っては男の美月に出た。数珠はふいの憑依を防ぐ護符である。
 スメラギの父親と親友だという美月の父親から、スメラギは美月を守るよう言い含められている。「拓也くんは霊が見えるんだから、龍之介に憑依しようとするよからぬ霊を見かけたら即刻退けるように」と事あるごとに言いつけられ、「もし龍之介を守れなかったらただじゃすませないから」と脅されてもいる。恐ろしい剣幕でまくしたてられるのではなく、笑顔で言われるものだからかえって恐怖心がわきたってしまう。美月の父親だけでなく、何かと世話を焼いてくれた美月の母親も、美月の憑依に関しては父親同様、笑顔でスメラギにプレッシャーを与え続けたものだった。
「でも、俺が頼む奴だけ乗っけてもらうかもしんねえから」
「スギさんの頼みなら断れないねぇ」
 霊の心残りを解消するため、スメラギは美月の体を借りることがある。肉体をもたない霊の心残りは時に肉体の存在を必要とする場合があるからである。美月に霊を憑依させているとは、スメラギと美月だけの秘密だった。霊の心残りを解消する裏稼業において、美月はスメラギの良きパートナーだった。
「勇樹ちゃんの霊体を僕に乗せるつもりかい?」
「まあ、な」
 山に入ったときから、スメラギは霊視防止のメガネを外している。スメラギは、東雲青竜が“みた”という勇樹ちゃんの霊を捜していた。
 両親の心情を慮って、山にさまよう霊たちから情報を得ていると嘘をついたが、実は始めから勇樹ちゃんの霊とだけやりとりをしていたと東雲青竜は告白した。その様子はテレビには映っていなかった。スタッフのひとりが頭がい骨を手にしたとたん、スメラギたちがみていたテレビ画面はコマーシャルに切り替わった。コマーシャルがあけると、何の前振りもなく未解決事件の再現ドラマがはじまった。その間、スタジオは大混乱だったのだと、スメラギはスタジオにいた鴻巣から聞いて知っている。プロデューサーらしき人物が司会者と長いこと話し込み、東雲青竜は勇樹ちゃん両親にむかって、勇樹ちゃんの霊がみえたので亡くなったのはすぐにわかったが、どう伝えたらいいかわからず、こういう形になってしまったと詫びたのだという。
 その話を鴻巣から聞いて、スメラギは疑問を抱いた。
 霊はテレビには映らない。スタジオにいた東雲青竜に、神隠しの森にいた勇樹ちゃんの霊が見えたはずがない。勇樹ちゃんの霊がスタジオを訪れ、東雲青竜に接触したというのなら話は別であるが、その可能性は限りなくゼロに近い。
 となれば、東雲青竜が勇樹ちゃんの眠る場所を知り得たのは、事前に神隠しの森を訪れ、勇樹ちゃんの霊に接触してということになる。東雲青竜が本物の霊能者であれば、の場合の話であるが。
 しかし、東雲青竜が偽の霊能者であれば、どうやって勇樹ちゃんの遺体のある場所を知り得たというのか。やはり、本人が言うように、勇樹ちゃん本人から聞いたとしか考えられない。
 番組が終了し、六畳一間のアパートに帰って万年床に横になったものの、スメラギは東雲青竜のことを考えて寝付けなかった。
 東雲青竜は果たして自分と同じ霊視能力をもつ人間なのかどうか。彼の霊視能力には疑わしい部分がある。しかし、霊視能力なくしては勇樹ちゃんの遺体のある場所を知り得たはずがない……。考えは常に“だが”“しかし”の壁にぶつかり、東雲青竜が霊能者であるか否かの結論は堂々巡りを繰り返すばかりで、まんじりともせずに夜が明けてしまった。
 白む空を窓から眺めているうち、スメラギはあることを思いついた。神隠しの森へ自ら出向き、勇樹ちゃんの霊に接触しよう。勇樹ちゃんの霊がいれば、東雲青竜の霊視能力は本物だ。この世に留まっているのは未練があるからだろうから、美月も連れていってついでに勇樹ちゃんの心残りも解消してやろう。もし、勇樹ちゃんの霊そのものが存在しなければ、東雲青竜は偽者の霊能者だ。どうやって遺体のある場所を知ったのかについての疑問は残るものの、その点は無視するとして、東雲青竜が霊能者であるかどうかについては一応の判断がつく。
 神隠しの森でさがしているのは勇樹ちゃんの霊には違いないが、その実、東雲青竜が霊能者であるかどうかの証拠をスメラギは得ようとしていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 2-2

 昼近くだというのに、山を行く足元は薄暗い。樹木はまばらにしげっている程度なのだが、常緑樹の今も葉のしげる枝が互いに重なり合って日の光をさえぎってしまっている。森はうっそうとして空は欠片ほどにしかみえず、どこか不安を思えずにはいられない。
 地元の人々が神隠しの森とおそれる深山の林の中をスメラギは迷いなく先へと進んでいった。
「スギさん、前にここに来たことがあるみたいだ」
 来た道を確かめるように不安げに何度も後ろを振り返りつつ、後を追う美月の呼びかけにスメラギはこたえなかった。
 美月の鋭い指摘通り、とある用件でスメラギは何度か神隠しの森を訪れていた。森を彷徨う霊たちに接触したことも一度や二度ではない。スメラギが足を踏み入れるなり、むこうから接触してくるはずの霊たちが、今日に限ってスメラギを無視し続けていた。霊がいれば凍てつくはずの空気だが、感じるのは肌に少し重くのしかかってくる湿気で、刺すような冷たさはない。
 マスコミや警察関係者が大挙して押し寄せたものだから、奥へと姿を隠しているのだろうとスメラギはこの時はそれほど不審にも思わなかった。
 やがてスメラギと美月は、頭がい骨が発見された広場のような場所へとたどりついた。関係者以外の立ち入りを禁ずるテープが張られ、警察関係者がせわしなく出入りを繰り返している。その周囲をマスコミ関係者が取り囲んでいた。その現場を横目に、スメラギは美月を促して先へと進んだ。
「スギさん!」
 美月のいつになく緊張した声に、先を行っていたスメラギは飛ぶようにして引き返した。美月は踏み出した右足の爪先を少しあげた格好で身動きせずにいた。まるで歩き出そうとして金縛りにあったかのような様子である。スメラギが戻ってくると、美月は見ろとばかりに目線を足元に向けた。
「あんだよ」
 しゃがみこんで美月のあがった爪先の下をのぞきこむと、白いものがみえた。つるりとした表面は球体の一部を思わせる。スメラギは美月の足をどかし、そばにあった木の枝を使って針状の無数の落ち葉をかきわけた。ほりだしてみれば、それは直径三センチほどのキノコの頭頂部だった。
「なんだ、キノコか」
 どうやら美月は人骨かもしれないと怯えていたらしい。キノコとわかって安心したのか、美月はためらいなく地面からほりだして手のひらの上にキノコの傘の部分を転がした。
「おい、大丈夫か、素手でさわって。毒キノコかもしんねーし」
 やや茶色味を帯びているのは汚れなのか、そういう模様なのか判別がつきかねた。毒キノコにしては地味な色合いだが、スメラギは首をのばして美月の手のひらをのぞきこむばかりで、両手を後ろ手にいつでも逃げ出せる体勢を保っていた。
「毒キノコではありませんよ。それはマツタケです」
 女の声だった。姿の見えなかったはじめ、スメラギは木に話しかけられたのかとおもわず林の奥をみやった。その奥から、まるでそれまで木に化けていたといわんばかりにすらりと背の高い女が足音ひとつたてることなく姿をあらわし、すうっとスメラギたちのそばに寄ってきた。あまりの静かな所作に、スメラギは霊体かと疑った。森に入ったさいに外していた霊視防止のメガネをかなおして生身の人間であると確認しなければならなかったほど、女には生気が感じられず、存在が透き通っていた。
「山内和泉(やまうちいずみ)といいます。よくみつけられましたね、マツタケ。普通、素人には難しいんですけど」
 フリーライターという肩書きと連絡先の記された名刺を美月の手に置き、山内和泉は美月の手のひらで転がる傘を指先でもてあそんだ。白くて細い指先だった。指先だけではない。手も顔も抜けるように白い。目の上で切りそろえられた前髪も腰までまっすぐにのびた髪も炭のように黒く、黒のパンツスーツ姿と相まって本来の肌の白さをさらに際立たせていた。フリーライターというからには、勇樹ちゃんの事件の取材で山を訪れているのだろう。足元が山の散策には不都合なパンプスだった。
「傘の部分だけもいでしまったんですね。採るのにもコツがあるんですよ」
 山内和泉は辺りをぐるりと見渡したかとおもうと、スメラギの背後にむかって歩きだした。数歩いったところで山内和泉は足をとめ、地面にしゃがみこんだ。腰まである長い黒髪の毛先が地面にさらさらと流れおちた。スメラギと美月には、落ち葉重なる地面としかみえないその場所を、山内和泉は今にも折れそうな細い指先でかき乱し、マツタケを探しあてた。
「根元からそっと引き抜くんです」
 山内和泉の手のひらにはおなじみのマツタケの姿があった。
「やあ、マツタケだ!」
 めったに口にしない高級食材を採ったとあって、美月がいつになく興奮した声をあげた。
「私たちが知っているマツタケは傘が開ききっていない状態のものなんです。傘が開いているとマツタケとは思えなくて、何のキノコだろうって思いますよね」
 美月がコクコクと首を縦に振った。
「マツタケって、こんな簡単に採れるものですか? 人里知れない山奥のそのまた奥でしか採れないものかと思っていたのですが」
「条件さえ整えばいいんです。適度な湿度などの。マツタケはアカマツの森を好みます。ここいらもアカマツばかりでしょう?」
「でも今は9月ですよね? マツタケが出回りはじめるのはたしか10月ごろ。少し早くないですか?」
「山の上は気候が1か月、麓付近よりも早いんですよ。これからが季節ですから、採り放題ですね」
 “採り放題”と聞いたとたん、あたりに素早く目をやった美月だった。だが、偶然手にした以外に、マツタケの姿はみあたらない。採るにもコツがいると山内和泉が言ったその真意は、探しだすにもコツがいるという意味だった。
「あまり奥へいかないでください。ここらでは熊がでるんです」
 山内和泉と別れてさらに奥へ足を進めようとするスメラギたちに、山内和泉は警告を発した。
 熊と聞いて、まず美月の足が止まった。
「熊?」
 聞き返すスメラギにむかって、山内和泉はマツタケを探した時と同じようにあたりを見回したかとおもうと、やがてとある木のもとへと二人を導いた。
 その木、やはりアカマツの木の幹にはひっかいたような不自然な傷があった。四本の平行線がスメラギの目の高さほどの場所にまっすぐに刻まれている。
「へえ、熊ねえ……」
 スメラギは手をのばし、熊の爪痕だというそのひっかき傷に触れた。スメラギの身長は180センチ弱だから、その目の高さに位置する傷は地面からは170から175センチほどの高さにある。
「襲われたら、たまったもんじゃねえなあ」
 傷は木の幹を深くえぐっていた。木の皮より薄い人間の皮膚を切り裂くなど容易だろう。ひょっとしたら皮膚を突き抜けて骨を削ることもあるかもしれない。
「熊の方から人を襲うことはありませんよ」と、山内和泉は言った。
「でも、襲われたというニュースを耳にしますよ?」と、美月がきいた。
「熊も人間が怖いんです。だから、人に出くわしてしまうとパニックに陥ってしまうんです。怖い、あっちへいけって」
 山内和泉は両手を車輪のようにまわしてみせた。その動作は人間が行えば滑稽だが、熊の場合は鋭い爪が凶器となるだろう。
「熊にこちらの存在を知らせておくために、山に入るときには鈴をつけるんです。俗にいう、熊鈴です。最近はラジオなんかを流したりするそうですけど。おふたりは何か大きな音のでるものをお持ちですか? これ以上奥へすすまれるのなら、何かもっていた方がいいと思いますけど」
 山内和泉の忠告に礼を言い、スメラギは森の奥へと進んでいった。足元で落ち葉の崩れる乾いた音がたったが、熊にこちらの存在を知らせるほどの迫力はとてもない。その後を、脅えたように背を縮こませた美月が追った。

テーマ:オリジナル小説
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神隠しの森 2-3

「スギさん。思ったんだけど、神隠しと言われている行方不明事件が続いているのは、ひょっとして熊に襲われたのじゃないかな」
「可能性は否定できねえけどな……」
 美月の熊襲撃説に納得しかねると言わんばかりに首をかしげたスメラギの正面を、黒い影が横切った。とっさに横にいる美月をふりかえるが、美月は気づいていない。スメラギにしか見えていないその影は、木々の間を縫って立ち去ろうとしていた。
「おい、待ちやがれ!」
 勇樹ちゃんの霊だと、とっさにスメラギは駆け出し、影の後を追った。
 木々の間を素早く駆け抜ける影を捕まえてみれば、その正体は死神だった。
「なんだ、お前か」
「何だ、ハリセンボン」
 死神はスメラギをハリセンボンと呼ぶ。スメラギの短く立った白髪がそうみえるところからきている。スメラギは死神を葬儀屋と呼ぶ。黒のスーツに黒のネクタイと、葬儀屋の出で立ちそのままの呼び名だ。
「こんなところで何してんだ、葬儀屋」
「死神の仕事に決まっている。魂の回収だ。今月はノルマがきついんだ。ここに集まってる連中を引き上げてやっとノルマ達成だ」
「まーた夜摩のきまぐれか、勘弁してくれだな」
 死神は、死人の魂を地獄へ連れていく仕事をしている。地獄では閻魔王こと夜摩が待ち構えていて、生前の行いによって転生、天国または地獄の死後の行く先を決める。とはいうものの、死後の行く先は予め決められて、鬼籍というデータベースに記録されている。だが、地獄に落ちると決まっているものでも、天国行きと“決まる”場合がある。地獄の沙汰は金次第なのである。夜摩に金を積めば、予定はいくらでもひっくり返る。
 死んだ直後の魂を引っ立てていく仕事の他に、死神は地獄を抜けだしたり、死んだと知らずにこの世をうろつく魂を回収している。それらの死者の数は月ごとに決められていて、死神はそのノルマを達成しなければならない。時に夜摩はとんでもない数の死者の霊を要求する。そんな時、死神は心霊スポットなどを訪れ、大量の霊をかっさらっていく。彼らのうち、この世に未練があるとして死神の手を逃れようとするものを、死神はスメラギのもとへと連れてくる。きれいさっぱり心残りを解消してもらい、楽にあの世へ連れていくためである。この世に未練のある霊ほどめんどくさいものはないと、死神は常日頃ぼやいている。
 スメラギもまた、夜摩に、心残りを解消した霊を連れてこいと言われることがある。そんな時に手っ取り早く霊を探しあてることのできる場所が、いわゆる心霊スポットだった。霊たちもひとりだと寂しいと感じるらしく、たまり場のような場所がいくつか存在する。深山の神隠しの森は、スメラギが知っているそんなスポットのひとつだった。
「ここにいた連中は全部引き上げさせてもらった」
 それでスメラギには合点がいった。いるはずの霊がまったくみえない。死神がすでにあの世へ連れて行ったからだった。
「おい、今全員っていったか?」
「一人残らずだ」
「……回収したのはいつだ?」
「昨日だ」
「昨日のいつだ? 何時何分?」
「なんだ、お前。小学生のガキか」
「いいから、昨日のいつだったか教えろよ」
 食い下がるスメラギにむかって、死神は腕の時計を確認する仕草をしてみせた。だが、その腕に時計はなかった。死神は時計などしないとスメラギは知っている。
「昨日の夕方だ。時間はわからん」
 未解決事件をつのる生放送の番組が始まったのは昨日の午後七時。勇樹ちゃんの事件をとりあげ、東雲青竜が失踪現場となった神隠しの森を霊視したのは確か八時を過ぎていた。東雲青竜は当日には勇樹ちゃんの霊をみてはいない。見えたはずがない。その時間には、勇樹ちゃんの霊を含むすべての霊は神隠しの森に存在していなかった。
「……今回回収したなかに子どもはいたか? 三歳ぐらいの男の子だ」
 東雲青竜が事前に勇樹ちゃんの霊に接触していたとしたら、死神が連れていった霊たちの中に勇樹ちゃんがいるはずだった。
「いなかった」
 死神は即答した。
 全員連れていったと言っているが、意外に適当な仕事ぶりの死神のことだから、勇樹ちゃんのような小さな子どもの霊を見逃してしまったかもしれない。
 東雲青竜は昨日以前に、勇樹ちゃんの霊と接触したのだろう、やはり彼は本物の霊能者かもしれないというスメラギの淡い期待はだが、死神の次の一言で打ち消されてしまった。
「子どもの霊なら何年か前に連れて行った」

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神隠しの森 2-4

 自分にしか見えない死神を追いかけ、熊の出没するという山に美月をひとり置き去りにしてしまった罰として、スメラギは昼をおごるはめになった。愛車のビートルを走らせるその帰り道、街道沿いに蕎麦屋をみつけ、そこらでは名物だという蕎麦を食べることになった。
 スメラギのおごりというので、美月はメニューから一番高い天ぷらそばを躊躇なく選び、二人前を注文した。
「お前……よく食うよな……」
 美月は学生時代から大食漢だった。そのくせ太らない。食べても太らない体質なのだという。中学、高校のバスケ部の練習後にはスメラギと連れだって近所の食べ物屋をはしごした。夕食前の話で、美月の母親が美月のためだけに五合は炊くという夕食は別腹であった。
「これでも食べなくなったほうさ」
 人のおごりだと余計に美味いらしく、美月は衣の音も軽やかに海老の天ぷらにかじりついた。懐具合を気にして味わっているどころではないスメラギだったが、蕎麦のつるりとしたのどこしのよさに思わず美味いとうなった。
「お蕎麦、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
 蕎麦湯をもってきた中年の女に美月は親し気に声をかけた。どうやら店のおかみだったらしく、美月の賞賛に気をよくしたのか話が弾んだ。
「ここいらは水がおいしいんですよ。だからその水を使って打つお蕎麦もおいしくなるんです」
 美月がおかみと蕎麦談義に花を咲かせている間、スメラギの目は店の入り口近くにある熊の剥製をとらえていた。
 熊は仁王立ちの姿勢で両腕をあげ、今にも襲いかかろうとする格好である。牙をむいて度胆を抜くばかりの迫力で、店に入ってくる客は剥製と気づかず、一瞬身構えてしまう。スメラギたちも店に入った時は驚かされた。
「入り口のあの熊の剥製、凄い迫力ですね」
「そうでしょう。あれね、うちのおじいさんが若かった頃に仕留めた熊なんですよ」
 いつの間にか、美月とおかみの会話は熊の剥製の話題にうつっていた。
「このあたり、熊がよく出んの?」
 二人の会話に唐突に割り入ったのはスメラギだった。
「昔はね、よく出たみたいですよ。この辺も昔じゃ森が深かったから」
「今は? 今も出る?」
「今は…どうでしょうね。10年くらい前に一時期、山に入った人が襲われたって話があったけど、最近は聞かないですからねえ、そういえば。開発が進んで、熊の方から逃げ出したのかもしれないねえ……」
 襲われたら命を落とすかもしれない熊だというのに、その姿をみかけなくなったというおかみの口ぶりはどこかさびしげであった。
「深山の神隠しの森。ここからそんなに遠くない場所だけどさ、あそこには今も熊が出るみたいだぜ?」
 スメラギの後を次いで美月が熊の爪痕を目にしたと付け加えた。
「へえ。あそこいらでは今もまだ出るんですかね。神隠しの多かった10年前ぐらいには実は熊にやられたんじゃないかって噂だったけど……」
 やはり地元の人々は熊の仕業ではないかと疑っていたらしい。神隠しの神の正体とはどうやら熊と定まっているようだ。
 スメラギはつと席を立ち、熊の剥製のもとへと歩み寄っていった。
 台座の分だけ熊の方が頭一つ抜きん出ているが、背の高さは180センチのスメラギと同じか、少し低いくらいである。両手をあげた格好なので、印象としては2メートルも3メートルもある巨大熊にみえる。スメラギは熊に正面からむきあい、対抗するかのように自分も両手をあげて同じような格好をしてふざけていた。
「おかみさん、熊ってマツタケ食うの?」
 ふさげた格好のまま、スメラギは尋ねた。
「マツタケ? そりゃ、熊は雑食だからあれば食べるだろうけどね。でもそりゃまたずい分グルメな熊だよね」
 “美食家(グルメ)”という言葉に、店内の客たちが声をたてて笑った。
「マツタケ食べようとおもったら、スーパーまで買いにいかないと。熊がマツタケ食べたくてスーパーまで買い物に行くんだったらおもしろいね」と、客のひとりである中年の男がゲラゲラ笑い転げた。
「でも、ここらへん、マツタケ採れるよね?」とスメラギ。
「冗談いっちゃいけません。ここらでマツタケなんか採れませんよ。とれるなら私ら、とっくに蕎麦屋畳んでるって」
 うまい蕎麦が食えなくなるからそれは困ると男はちゃちゃを入れた。どうやら地元のなじみ客であるらしい。
 おかみは嘘は言っていないだろう。嘘をつく理由がない。スメラギと美月は黙って顔を見合わせた。二人は採れないというそのマツタケが群生する森を訪れてきたばかりだった。

テーマ:オリジナル小説
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神隠しの森 3-1

 東京駅構内、地下深く潜っていくエスカレーターには人々が連なり、長蛇の列を成していた。最後尾はエスカレーターの乗り場からはるか遠く離れた改札の外にまでのびている。先を急ぐスメラギは人のいない右側をかけおりていった。時折、スメラギを追い越そうと左側をかけていく人間もいる。彼らはエスカレーターに立ち並ぶ人々をすり抜けていった。
 ラッシュアワーをとうに過ぎた午後二時、エスカレータに立ち並んでいるのは通勤客ではない。並んでいるのは死者の霊たちだ。エスカレーターの先はそのまま地獄へと続いている。彼らは地獄の閻魔王に死後の行き先を融通してもらおうと長い列を連ねているのだった。
 死者たちの間をすり抜け、プラットホームにたどりついたスメラギは、エスカレーターの下部にあいた窪みに身を寄せ、「関係者以外立入禁止」と朱で書かれた小部屋の扉を入っていった。扉の向こうはあの世とこの世の境につながっている。薄暗い廊下の突当りが、スメラギの目指す閻魔庁の執務室だった。陳情の死人の列が廊下を埋め尽くし、執務室のドアまで続いている。
 ノックもせず、執務室の扉をあけると、今まさに閻魔王と死人とが死後の行き先について話し合いをしているところだった。
「社員をこき使って金儲けしてきたやんか。あんたに殺されたも同然な社員はぎょうさんおんねんで。ほかにも、あんた、金になるとなったら悪いことしてきてるやんか。そりゃ、地獄行きやわ。さんざん悪いことしておいて、いざ死んだら天国行きたいって、そんな虫のいい話――でも、あんたの出方ひとつで、天国へ行き先を変えてやってもええんやで――」
 地獄の閻魔王こと夜摩はそう言って、目の前にいる死者に妖艶な眼差しを向けた。地鳴りのような低い声とはいえ、金髪の美女に色目をつかわれ、死者はドギマギしている。
「ど、どうすれば……」
「地獄の沙汰は金次第や。わかるやろ」
 夜摩はしなをつくって死者の男のもとに歩み寄り、その顔に自分の胸を押し当てた。豊満な胸に押しつぶされながら、男は何度も頷いてみせた。金を払うという承諾のサインだった。
「それでええんや。ほな、こっちの言うだけの金出しなはれ」
 とたんに夜摩は男を突き放し、補佐役に命じてメモのようなものを男に手渡した。そのメモに書かれてあったのは金額だったのだろう。男はたちまち目を大きく見開いて、首を今度は横にふった。
「こんなに?! 出せませんよ!」
「出せる、出せないの問題やないでー。出さなあかん。出せないんやったら、地獄行き決定や――」
 やや間があった。夜摩はどさくさまぎれに男に揉みしだかれた胸を気にしていた。胸が本来ある位置より腰よりにずれ落ちている。
「……出し…ます」
「それでええんや」
 夜摩は嫣然と微笑んだ。しきりといじっていた胸もあるべき場所に落ち着いていた。豊満な胸は実は地獄に落ちた女から切り取って付けているもので、夜摩はれっきとした男である。だが、人の皮をなめして血で染めたという真紅のボディースーツはメリハリのある体の線を強調してみせ、黙っていさえすればふるいつきたくなるほどの美女である。
「みての通り、忙しいんや。相手してる暇はないで」
 男が出ていき、次の死者が執務室に入ってくる間、夜摩は、スメラギに一瞥をくれただけだった。
「別にあんたに用ってわけじゃねえし。ちょっと調べてもらいたいことがあってだな――」
「タダでとは言わんやろな」
「金なら振り込んでおいたぜ」
 とたんに夜摩の真赤な唇の口角があがった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 3-2

「調べものとは? 仕事がらみですか?」
 閻魔王の補佐役をつとめる小野篁(おののたかむら)がPCモニタのかげから顔をのぞかせた。閻魔王の裁定を記録し、行き先の定まった死者を管理するのが篁の主な仕事で、彼のメガネ姿をみるとスメラギはどこかほっとする。それは篁がスメラギと同じ人間であるからだろう。篁は地獄で唯一、生身の体をもつ人間だった。この世では「死んだ」ことになっているが、実は死なずに閻魔王にその実務能力をかわれて地獄で働いている珍しい存在だ。
「いや、仕事じゃねえんだけどさ。ちょっと気になることがあって」
 スメラギは、篁のデスクのコンピュータ画面をみつめた。
「ある子どものことが知りたいんだ――」
 自称霊能者の東雲青竜は勇樹ちゃんの霊をみたといい、その遺体は生放送中に彼の霊視によって発見された。だが、東雲青竜が生放送の本番当日に霊視できたはずはなかった。放送が始まる前に、死神が神隠しの森にさまよっていた霊はすべてあの世へと連れ去ってしまっていたのだから。
 それならば死神が連れ去る前に勇樹ちゃんの霊と接触したのかもしれない。だが、死神は子どもの霊ならば数年前に連れ去ったと言った。死神は嘘がつけない。嘘という概念がそもそも死神にはないので、彼の証言は信用できる。ただし、その記憶力はあてにならない。いつ連れていったかは結局、死神の口からは聞き出せなかった。
 だが、スメラギは落胆しなかった。あの世に連れていかれた霊たちのことなら、閻魔庁に保管されている鬼籍データにあたればいい。鬼籍には、死者の名前、生年月日、あらかじめ決められている死後の行く先などが記録されている。死後の行く先は、結局は夜摩の裁定で変更になる場合が多い。金を積めば地獄行きが天国行きになる。鬼籍データには、死亡する時期や場所、原因なども記載されている。鬼籍データから勇樹ちゃんに関する何がしかの情報を得られないだろうかとスメラギは期待していた。
「名前は?」
「村上勇樹」
 スメラギが名をつげると、たちまちコンピュータ画面にデータが表示された。
「名前だけだと。もう少し絞り込まないとデータが多すぎますね。死んだ年は?」
「それが、はっきりとはわかんねえんだ」
 取り敢えず、スメラギは勇樹ちゃんが行方不明になった日付を告げた。
「該当者なし――そんなはずは……」と言いかけて、篁は考えこんでしまった。
 行方不明になったその日に死亡したとは限らない。二、三日、一週間と幅をもたせて検索したにも関わらず、勇樹ちゃんのデータがあがってこない。
「名前は? 間違いないです?」
「ないね」
 報道で知った生年月日も入力してある。わずか3歳の子どもが山の中で1か月も生き延びたとは考えにくい。行方不明になってから山には捜索隊が入っているのだから、生きていたとしたら発見されていただろう。
「データ化されていないとか?」
 鬼籍データが電子に移行したのは最近だった。最新のデータから電子化され、古いものは以前として紙の記帳に記されている。獄卒を総動員して電子化にあたっているのだとスメラギは以前、夜摩から聞かされていた。
「10年ぐらい前のものなら、もう電子化されているはずで――」
 またしても篁は言葉の途中で口をつぐみ、考えこんでしまった。
「そうか、記帳になら――ちょっとついてきてください」
 篁は席を立ち、スメラギを促して執務室を出ようとした。
「夜摩はいいのか?」
 篁には裁定の結果を記録する仕事があるはずだった。夜摩は相変わらずで、死者と金の話をしている。
「大丈夫です。どうせ金をまきあげて全員天国行きにするんですから。私がいなくても問題ないでしょう」
 スメラギと連れだって執務室を出て行こうとする篁を、夜摩は止めもしなかった。金の話に夢中で、スメラギと篁に気づいていないようだった。

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神隠しの森 3-3

 執務室の前の廊下には、夜摩の裁定を待つ死者たちが列をなしていた。この列は閻魔庁を抜け、東京駅の何層もめぐるエスカレーターに沿い、改札を抜けたその先にまで続いている。彼ら全員から夜摩は金をむしりとるのだろうが、死者の数からいって相当の金額になるとは明らかだった。
「夜摩のやつ、どんだけ稼ぐんだよ」
 スメラギは思わず心の声を口にしていた。
「鬼籍データのシステム化の費用がだいぶかかったのでその返済にあてているんです」
 篁がいうには、コンピュータその他必要なハードウェアは人間世界から購入したものだという。初期費用にずい分かかったという話で、夜摩は、人間のほうがよほどがめついとぼやいたらしい。
「でも、もうだいぶ返済し終わっているはずなんですが……」
「夜摩のことだから、自分が贅沢すんのにまわしてんじゃねーの?」
 執務室では豪華なシャンデリアが存在感を主張していた。おそらくダイヤモンドだろう。革張りのソファーも特注のようだったし、夜摩は使いもしないパソコンは立派なデスクに鎮座していた。豪華なインテリアだが、金をかけるにしてもたかが知れている。差し引いても、死者たちから徴収した金はうなるほど余るはずだった。
「何に使ってんだろーな」
 篁はスメラギの質問を独り言として聞き流し、後についてくるよう促した。
 やがて連れてこられたデータ管理室と札の掲げられた部屋の扉の中央には、鋭い歯が剥き出しになった歯型が埋め込まれていた。それはいわゆるセキュリティロックというものだった。手を入れるなり噛まれて血が出るのだが、その血が鍵の役割を果たす。データ管理室の鍵は夜摩の血だった。
 だが、夜摩は執務室にいる。どうするのかとみていると、篁はシャツの胸ポケットから小瓶を取り出した。赤くみえるのは中身の液体のせいだった。篁は小瓶の蓋をあけ、鬼の歯型の内に注いだ。歯が血に染まり、管理室のドアが静かに開いた。
「閻魔王の血です。本人にしか開けられないように鬼の歯型のロックを考えたのに、管理室に用があって出入りするたびに毎回噛まれるのは嫌だとか言って、瓶に入れたのを渡されているんです」
「それじゃ、瓶を手にした奴なら誰でも入れてセキュリティの意味がないんじゃね?」
「瓶の管理は万全です。私しか知らない場所に保管してありますから」
 データ管理室の壁面は天井までの高さのある書架となって、その内には記帳がぎっりしりと並べたてられていた。書架は長方形の部屋の奥まで続き、見えない先の正面の壁もまた記帳で埋まっているだろうことは容易に想像できた。部屋の中央にはスチール製の長テーブルとパイプ椅子が並べられ、さながら試験会場のような雰囲気をかもしだしている。テーブルの上にはパソコンが並べられ、椅子に座った死者たちが一心不乱に何かを打ち込んでいた。
「古い鬼籍データを記帳から移す作業をしているんです」
「打ち込み作業はどうせ死んで地獄に落ちた奴を使ってタダ働きさせてんだろ?」
「よくわかりましたね」
「夜摩の考えそうなこった」
 死者たちは壁面の書架から古い鬼籍データの記された記帳を取り出しては席に戻っていく。一冊の記帳の厚みは人の胸ほどあった。
「地獄で責め苦にさいなまれるよりはここで働くほうが何倍もましですよ」
「そういってタダ働きを正当化させようってのが夜摩らしいぜ」
 夜摩への批判には何も言い返さず、篁は書架の間にスメラギを導いた。
「10年ぐらい前の記録だと本当はもうすべて電子化されているはずなんです」
「でも、検索にはひっかからなかったぜ」
「データベースそのものになかったからです」
「おいおい、それって打ち込み漏れか?」
 スメラギはパソコンにむかって打ち込み作業をしている死者たちを見わたした。マシーンのように淡々と作業をしているが、元は人間であったのだから入力ミスがあってもおかしくはないのかもしれない。
「それはありません。獄卒たちがきちんと監視してくれていますから」
 篁の言う獄卒とは、各テーブルの間を行ったり来たりしているものたちのことだった。彼らは入力作業はせず、時おりパソコン画面をのぞきこんだり、作業の手元をのぞいたりするだけだった。
「データベースは完璧です。私が構築したものなんですから。でもたまに書き換える不届きものがいるんです」
「書き換える?」
「死に方や死に場所、死後の行き先などを書き換えてしまうんです。死後の行き先はあらかじめ決まっていて、閻魔王の裁定を経ないと変更がきかないんです」
「それを変えちまう。データを書き換える、つまり、ハッカー?」
 篁は唇を噛んでうなづいた。自身が構築し、セキュリティ対策も万全に施しているはずのデータベース内に侵入してそのデータを好き勝手に書き換えられることに対する不快感が顔にあらわれている。
「ハッカーが勇樹ちゃんのデータを消した?」
「可能性は否定できません。ですが、元データはここに管理されているはずですから」
 手作業で記帳そのものから勇樹ちゃんの記録をあたればいいと、篁は言っていた。
 5メートルはあるかと思われる天井まで届く書架を、スメラギは見上げた。記帳の数は膨大である。死亡した年の見当がついているため、記帳のすべてにあたるわけではないにしろ、気の遠くなる作業だった。

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神隠しの森 3-4

 頁に頁をついでも、勇樹ちゃんの記録はみあたらなかった。いったん執務室に戻った篁がスメラギの様子を見に再びデータ管理室を訪れた時、スメラギは行方不明になった日付から7年分の記録をあさっているところだった。そうと知ったのも、篁にそう指摘されたからで、スメラギ自身はそんなに時間をのぼっているとは気づいていなかった。
 白骨体の頭がい骨は小さかった。死亡したのは行方不明になってから間もなくだろう。そもそも7年もあの山で幼い子どもの勇樹ちゃんがひとりで生き延びることのできたはずがない。しかし、行方不明当時を死亡した時期と考えて、一日、一週間と死亡した時期のあたりをつけて探した勇樹ちゃんの記録はどこにも見当たらなかった。
 記録は見当たらなかったというと、篁は眉をしかめた。
「記帳にないはずはないですよ。見落としてはいませんか?」
「見落としてないとはいえねえけど、目を皿にして探したぜ」
 まぶたを閉じるのもわずらわしいという勢いで文字を追い続けたせいで、開けているだけでも目が痛い。頁をめくりつづけた指の皮も摩擦ですりむけていったのか、最後のほうでは紙を触っているという感覚がなくなっていた。
「なあ、誰かが記帳の記録を盗んだってことは考えられねえか?」
 こんな風にさと、スメラギは頁を破る真似をしてみせた。カゲロウの羽のように薄い和紙は力を入れたらすぐにでも破りとれそうだった。
「誰がそんなことをするんです?」
 篁の眉は歪んだままだ。
「わかんねーけど、夜摩本人でなくてもこの部屋に入れるってなら……」
「閻魔王の血の入った小瓶の管理なら万全を期してます」
 管理能力を疑われたとおもったのか、篁は不機嫌だった。スメラギは慌ててその場を取り繕った。
「夜摩が寝ている間に、こっそり血を抜き取るって手もあるぜ」
「閻魔王を襲うことができるものは、もう存在しません」
 篁があまりにさらりと言ってのけてしまったので、「もう存在しない」とはどういう意味かをスメラギは聞きそびれてしまった。
「まあいいでしょう。一生懸命探したけど見つからなかったというあなたの言葉を信じるとしましょう。記録がみつからなかったということは、“死んでいない”ということになりますね」
「それはどういう?」
 スメラギは身を乗り出した。勇樹ちゃんの遺体はたしかに発見されている。発見された骨は誰にでも人骨とわかる頭がい骨だったし、大きさはちょうど勇樹ちゃんの年頃の子どものもので、骨は勇樹ちゃんのものとみて間違いない。
「死んだ時から記録をさぐったのでしょう? それで見当たらないのは“死んではいない”、つまり生きているということです。生年月日で調べてみては?」
 篁の言葉の途中でスメラギは弾丸のように飛び出して書架をかけめぐり、報道で知った勇樹ちゃんの生年月日の年の記帳をひっぱりだしてきた。分厚い記帳を床にたたきつけるなり、スメラギはやぶらんばかりの勢いで頁をくった。
 やがてスメラギの手がとまった。生年月日の日付と勇樹ちゃんの名前を確認する。死亡予定日には今から60年後の日付が記載されていた。篁の言った通り、勇樹ちゃんは死んではいなかった。では、あの白骨体は、一体誰なのか?
 ごくりとつばを飲み込んだスメラギは、けたたましく鳴ったケータイの着信音に身を震わせた。鴻巣からだった。
「おい、ちょっとまずいことになった。例の白骨体な、DNA鑑定に回していたんだが、結果、村上勇樹ちゃんではないと出たぜ――」

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 4-1

 通称“神隠しの森”と呼ばれる山林で発見された白骨はDNA鑑定の結果、村上勇樹ちゃんのものではないと判明した。その結果は両親のみに告げられ、一般にはいまだ公開されていない。スメラギが知りえたのは、鴻巣から連絡があったからだった。
「あの白骨体が勇樹ちゃんじゃなかったなんてねえ」
 スメラギから話を聞かされた美月は驚きを隠せないでいる。スメラギという霊視能力の持ち主を知るだけに、美月は東雲青竜を信じていた。それだけに、彼が偽物だとはすぐには信じられないでいるらしい。
「あの東雲とかいう男は勇樹ちゃんの霊を見てもいないし、そもそも勇樹ちゃんは死んではいないから、勇樹ちゃんの霊を見たなんていう彼は偽者の霊能者だと、スギさんは言いたいわけだ」
「霊能者だなんて言ってる奴はインチキばっかりさ」
 自分にむかって何度も吐き捨てられた台詞を、スメラギは呟いた。
「でも、生放送の番組中に霊視して、彼の言った通りの場所で白骨体は発見された――あの番組はやらせか何かだとスギさんは思っているのかい?」
 生放送中に霊視によって未解決事件を解決へと導く――これほどセンセーショナルで視聴者の関心を集める番組はないだろう。実際、東雲青竜のスタジオでの霊視以後、視聴率は上がったらしい。
「うーん……やらせ、ってのもなあ……」
 渋い表情を浮かべ、スメラギはリモコンの巻き戻しボタンを押した。画面には再び、暗い闇を行くクルーたちが映しだされた。よろず食堂のテレビでみていた時と同じ光景だ。当日は生放送だったが、今美月の部屋で観ている映像は、鴻巣がひとに頼んで録画しておいたものだった。
 クルーたちはスタジオからの東雲青竜の指示に従って闇の中を移動する。カメラマンの足が急ぐのか、画面が右左に揺れ、みているこちら側も山を歩いているかのような臨場感が伝わってくる。
 だが、スタジオから指示を出している東雲青竜が勇樹ちゃんの霊に導かれてというのは嘘である。勇樹ちゃんは死んではいない。地獄で管理されている鬼籍データによれば、勇樹ちゃんが死亡するのは60年後であり、DNA検査の結果、人骨は勇樹ちゃんのものではないと判明した。
 霊が人の目に見えないのをいいことに、東雲青竜は芝居をうったのである。ここまではよくある話で、スメラギも驚かない。しかし、芝居であるはずの霊視によって白骨体が発見された。歩みを止めた一行がスコップで地面を掘る。何かを探り当てたスタッフの一人が人を呼ぶ。両手で土をかきだし、頭がい骨の一部が画面に映りこんだところでスメラギは一時停止ボタンを押した。
 放送当日、画面は突如コマーシャルに切り替わった。よろず食堂のテレビにはコマーシャルが流れているばかりだったが、鴻巣と電話をしていたスメラギはだが、スタジオ内の困惑した様子を耳にしている。
「やらせならもっとうまくやると思うんだよなあ。“死体”を仕込むにしても、動物の足の骨とか、パッと見だけだと人間の骨かどうかわかんねえのにしといてさあ。あとで『あれは動物の骨でした』、ちゃんちゃん、で終わり。テレビ局としては視聴率がよけりゃいいだけの話で、事件の解決なんてはなから期待してないだろ?」
「でも、見つかったのは頭がい骨だった――」
「そうだ、頭がい骨だ。頭がい骨じゃ、動物の骨でした―なんて言い訳通用しねえだろ? 一目で人間の骨だってわかっちまうんだから」
「なるほど。骨を仕込んでおくやらせにしては、つめが甘い。いやつめすぎて墓穴を掘ったというのかな、この場合」
 美月も首をひねりはじめた。
「じゃあ、遺体のあった場所を見つけたのは、偶然だと?」
 美月の疑問をスメラギは否定した。
「偶然なんかじゃねえだろうな。ただでさえ、神隠しの森と言われる場所で迷いこんだらおしまいっつー所の、しかも夜だってのに、東雲青竜は迷わずにあの場所へスタッフを導いた。それはやつがその場所をあらかじめ知っていたからだが……」
「ああ、それならつじつまがあうね。ということは、やらせはテレビ局じゃなくて、売名目的で東雲青竜側が仕組んだ?」
「そう考えてほぼ間違いねえと思うんだけどなぁ……」
 何かすっきりしないことがあるとみえ、スメラギは白髪の頭をかきむしった。
「なんで、頭がい骨なんだよ……」
 というなり、スメラギは画面をみつめた。画面の中央からやや下の方に白く見えているものが頭がい骨の一部だった。
「ああ、そうか。テレビ局の場合と同じで、やらせなら、人間のものかどうか判断のつきにくい部分の骨を仕込めばいいのに、みつかったのは頭がい骨だった――」
 スメラギは画面に顔をむけたまま、美月の言葉にうなづいてみせた。
「わかんねえ……。仕込みじゃなかったとしたら、東雲青竜はあの場所に遺体があると知っていた」
「けど、どうやって知ったっていうのさ? 彼には霊視能力なんてものはないんだろう?」
「そこなんだよ、俺がさっきからひっかかってんのはさ――」
 スメラギは再び頭をかきむしり、腕を組んで考えこんでしまった。
「しかもだ、みつかった骨は、村上勇樹ちゃんじゃなかったんだっていうんだぜ……」
 スメラギにつられるように美月までもが腕を組んで考えにふけった。
 スメラギの考えは同じ場所をめぐり続けた。考えても考えても、理屈の通る出口がみえてこない。
 ああああと雄叫びをあげ、スメラギはディスクを乱暴に取り出した。テレビに切り替えた画面にはちょうど夕方のニュースが流れていた。そこに見覚えのある森の風景をみた美月が声をあげた。
「やあ、神隠しの森だ」
 夕方の神隠しの森の入り口を背に、リポーターがマイク片手に興奮した様子でいる。その背後には何人もの多局のリポーターとカメラマンとが映り込んでいた。
 ニュースは、白骨体が村上勇樹ちゃんではなかったと伝えていた。どうやら警察は情報を一般に公開したらしい。スメラギはすでに知っている事実だ。そして警察でも知らない事実、勇樹ちゃんが生きているということを、スメラギは知っている。だが、スメラギにも知らないことはある。
 ニュースは、白骨体の身元が判明したと伝えていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 4-2

 生番組中の“霊視”によって発見された白骨体の身元は、下平裕介ちゃんと判明した。
 身元の判定には、スーパーインポーズ法が用いられた。インポーズとは、英語で“重ねる”という意味で、文字通り、頭がい骨の写真と、その持ち主ではないかと疑われる人物の写真とを重ね合わせ、頭部の形、顔の輪郭、目、鼻、口の位置が一致するかどうかを確認する。
 頭がい骨に粘土などを用いて肉付け作業を行う従来の複顔作業では身元が判明するまでに多くの時間が要ったが、スーパーインポーズ法では格段に時間が短縮できる。
 先に行われていたDNA鑑定の結果をうけ、警察は、付近で起きていた別の行方不明事件に着目した。下平裕介ちゃん失踪事件である。
 村上勇樹ちゃん失踪事件の一年前、下平裕介ちゃん(当時3歳)が行方不明になった。近所の子どもたちと遊びにいき、他の子どもたちが帰宅した夕方になっても裕介ちゃんだけが戻らなかった。両親は子どもたちを問いただしたが、誰も裕介ちゃんがいなくなったと気づいていなかった。
 子どもたちは神隠しの森の近くで遊んでいた。大勢で遊んでいるうち、裕介ちゃんはひとりはぐれてしまったのだろうと考えられた。両親をはじめ、近所の人たちで神隠しの森に入って裕介ちゃんを捜そうとしたが、一部私有地である森への立ち入りは、所有者によって拒まれてしまう。その所有者というのが、村上勇樹ちゃんの両親だった。下平裕介ちゃんが発見されないまま、1年後、今度は村上勇樹ちゃんが行方不明になった。その際には神隠しの森を含めたかなりの広範囲にわたっての捜索活動が行われたが、勇樹ちゃんは発見されなかった。
 当初、勇樹ちゃんではと思われた白骨体は、下平裕介ちゃんのものと判明したため、警察は裕介ちゃんの両親に連絡を取った。
 裕介ちゃんの両親は、裕介ちゃんが行方不明になった直後、他県へ引っ越していた。裕介ちゃんが行方不明になった際、森での捜索を拒まれたことから、下平家と村上家の間には確執があったが、勇樹ちゃんが行方不明になったことで関係はさらに悪化、自分の子どもを捜すためには森への立ち入りを許可するのかと不愉快に思った裕介ちゃんの両親は県外へと移動した。
 警察から裕介ちゃんの遺体が発見されたと知らせを受け、父親が警察へと出向いた。母親はショックで寝込んでしまったらしい。
「念のため、DNA鑑定にまわしているらしいけど、まあ、十中八九、裕介ちゃんで間違いないわなあ……」
 どこかで生きていてくれるものだと、生きていてほしいという希望を抱き続けてきただろう裕介ちゃん両親の思いを考えると胸が痛む鴻巣は、眉根をしかめてみせた。自分が担当する事件ではないが、自分が出演した番組で発見された遺体なので、鴻巣は事件に並々ならぬ関心を寄せていた。
「事件の可能性はあるんですか?」と美月がたずねる。
「わからん。首の骨が折れていたらしいが、事件とも事故とも判断はつきかねるそうだ」
「例の偽霊能者の取り調べはどうなってんだ?」
 霊視で遺体を発見したなどとは思っていない警察は、東雲青竜が何らかの事情を知っているとみて取り調べを行っているとスメラギは鴻巣から聞かされて知っていた。
「霊に導かれただけ、の一点張りだそうだ。7年前、勇樹ちゃんが行方不明になった時、あの山では大掛かりな捜索が行われたんだ。その時に遺体は発見されなかった。見逃していた可能性もあるだろうが、低いだろうな。だとすると、誰かがあの場所に遺体を置いたのは確かだし、東雲青竜が一枚かんでいるのも確かなんだろうが、何しろ物証がないからなあ」
 鴻巣はスメラギをちらりと見やった。スメラギの霊視能力をいかして、事件解決ができないかと目論む鴻巣はスメラギの探偵事務所を訪れているのだった。
「こうは考えられないかな」と、美月が口を開いた。
「裕介ちゃんが行方不明になった。森を捜索したいと言うが、勇樹ちゃんの親には断られてしまう。腹いせに、勇樹ちゃんの両親に自分たちが味わったのと同じ苦痛を与えようと……」
「なんだ、お前は、勇樹ちゃんは裕介ちゃんの親に誘拐されたって考えてんのか?」
 口ではそういいながらも、鴻巣は美月の単なる推測に妙に納得していた。
「ありえなくもないか……」
 鴻巣はケータイを取り出し、どこかへと電話をかけた。相手はおそらく捜査本部の知人だろう。
「勇樹ちゃん行方不明事件の真相はそんなとこかもしんねえけどさ、わっかんねーのは、なんで裕介ちゃんの頭がい骨をあの場所に置いたかだよな……」
 スメラギは今だに“やらせ”の動機にこだわっていた。頭がい骨があの場所に置かれたであろう事実は間違いない。しかし、誰が(おそらくは東雲青竜だろうが)、何のためにそんなことをしたのか、その目的は以前として霧のむこうだ。
「なあ、おっさん、DNA鑑定ってどれくらいで結果でんの?」
 ケータイを耳にあてたまま、鴻巣はVサインをしてみせた。
「はやくて二週間だそうだ」
 二週間後、白骨体の身元は下平裕介ちゃんと確認された。しかし、その結果は両親には報告されなかった。
 結果を伝えようと下平夫妻に連絡を取ろうとした警察だったが、すでに夫妻はそろって行方をくらましていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 4-3

 下平一家は夫婦と小学生の男の子の三人暮らしだった。いたって普通の家族で、休日には親子そろって出かける姿が近所の人々に目撃されている。夫婦仲もよく、顔を会わせればきちんと挨拶をする。
 子どもの名前は下平裕介といった。裕介ちゃんが行方不明になった直後に出来た子に、いなくなった子どもと同じ名前をつけたものと思われる。裕介ちゃんを思う親心がうかがいしれるが、いなくなった(現在は死亡したと判明している)兄と同じ名をつけられた弟の気持ちはどんなものだろうか。しかし、当人は行方不明になっている兄がいるとは聞かされていなかったようで、警察の近所への聞き込みでも、明るくはきはきした活発な子という良い評判がかえってくるだけで、特に暗い陰のようなものは見うけられなかった。兄の裕介ちゃんの事件について、下平夫妻はいずれ時期をみて話すつもりだったのか、隠し通すつもりでいたのか。
 一家の行方の手がかりを得ようと、近所を聞き込みにまわっていた警察は、村上勇樹ちゃんの行方に関する思いがけない情報を得た。
 下の子が裕介ちゃんと同じ幼稚園に通っていた主婦の話である。主婦の子どもは一足先に中学にあがったため、今は挨拶をする程度の間柄だという主婦は、「私から聞いたとは言わないで」と前置きをし、聞き込みに訪れた刑事たちに長い話を始めた。彼女の話によって、一家が引っ越してきたころからの一切が明らかになった。
 X年X月、一家は引っ越してきた。一家に子どもがいると知ったのは大分後になってからだった。物静かな人々で、近所付き合いを積極的にする方ではなかったが、主婦の下の子がある日、ひとりで庭で遊んでいる裕介ちゃんをみかけて声をかけてから、子ども同士が遊ぶようになった。下平夫妻が裕介ちゃんを幼稚園に通わせていないと知った主婦は、うちの子もいるからと一家を誘った。子どもたちは幼稚園、小学校と、遊び仲間として親しくしていた。中学生と小学生とになってからは、ふたりの関係はやや疎遠になっているようだと主婦はいった。
「あの、それでね、私、気になっているんですけど。ワイドショーなんかで取り上げている村上勇樹ちゃん失踪事件ね。遺体がみつかったんですよね」
 遺体は村上勇樹ちゃんではなかったと刑事は言い、主婦も知っているとばかりにうなずいた。
「その事件について、前にどこかのテレビ局が特別番組を放送しましたでしょ? ほら、霊がみえる人を呼んでっていう。あの番組で骨がみつかる前、勇樹ちゃんがもし生きていたらって想像した似顔絵を公開していたんですけど」
 今の技術はすごいですねと主婦は感嘆し、話は別の方向へそれていきそうになるのを刑事が引き戻した。
「ああ、そうそう。その似顔絵が裕介ちゃんによく似ていたんです。でもよく似ているってだけなんです。そっくり同じってわけではなくて。主人もたまたま番組をみていて、似てない?って聞いたんですけど、主人は似てないっていうし……。でも、あとでご近所にちらっとその話をしたら、似ているんじゃないかってそう思った方が何人かいらして。あ、この話、私から聞いたってことはくれぐれも……」
 主婦の情報を得て、警察は色めきだった。すぐに村上勇樹ちゃんの成長した想像図と、下平裕介ちゃんの写真の検証が行われた。
 下平一家は慌てて出ていったらしく、自宅には多くのものがそのまま残っていた。裕介ちゃんが使っていただろうと思われる歯ブラシから得たサンプルと、村上勇樹ちゃんの両親のDNAを鑑定した結果、下平裕介ちゃんは村上夫妻の子、つまり勇樹ちゃん本人であると断定され、下平夫妻は一転、村上勇樹ちゃん誘拐容疑で全国に指名手配された。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 5-1

 勇樹ちゃんの父親、村上太郎は憤っていた。勇樹ちゃんが生きていたというニュースを受けて自宅前に集まってきたリポーター相手に下平夫妻への罵詈雑言をわめきちらしている。
 幼い息子が行方不明になってから7年、不安な日々を過ごしてきた。生きていてほしいと望みながら、もしかしたら死んでいるかもしれないという覚悟を決めていたところへ白骨体が発見され、絶望を味わった。かとおもえば、息子の遺体ではないと判明してほっと安堵したのもつかの間、実は下平夫妻に誘拐されていたというではないか。
 村上の口からは、勇樹ちゃんと同じ年頃の子どもを失った下平夫妻を思いやる言葉は結局出てこなかった。
 下平夫妻の子ども、裕介ちゃんは神隠しの森で遺体となって発見された。行方不明になった直後、夫妻は神隠しの森を捜索させてほしいと、所有者である村上に嘆願したのだが、断られている。もし、村上が快く夫妻を森に入れていれば、あるいは裕介ちゃんは生きて発見されたかもしれない。
「よく言うぜ。自分の子どもが生きていたってだけで喜んでいればいいのにさ」
 下平夫妻への恨みつらみをひたすら述べ続けている村上を横目に、スメラギは毒のある言葉を吐き捨てた。
「わからないでもないけどねぇ。だって、自分の子どもが誘拐されたわけだし」
 美月の推論は当たっていたわけだが、何とも後味が悪い。
「下平裕介ちゃんの親に、子どもがいなくなったかもしれないから森での捜索を許可してくれって頼まれたのを断った逆恨みで誘拐されたんじゃ、自業自得、自分で招いた災いというところで同情できない部分があるんだけど……」
「逆恨みはあったろうけど、だからといって誘拐したんでもなさそうだけどな」
 スメラギは、村上家の豪邸の玄関から裏山の入り口へと視線を移した。
「勇樹ちゃんは近所の子どもたちと一緒に帰ってきた。母親は勇樹ちゃんがそのまま居間にむかったとおもっている。玄関で実際に勇樹ちゃんをみたわけじゃねえ。帰ってきた声だけを聞いている。母親が昼めしをもって居間に来たときには勇樹ちゃんはもう姿を消していた。母親はほんのちょっとの間だといっているが、大人のほんのちょっとの時間ってどれくらいだ? 1分、2分ではないだろ? 10分ではないにしろ、5分かそこらだ。それだけの時間があれば、玄関の戸を開けたけど中には入らなかった勇樹ちゃんが森の入り口まで歩いていったと考えても無理はない――」
 スメラギは三歳児の足取りを真似るように、ゆっくりと森の入り口へと近づいていった。
「勇樹ちゃんは確かに家に帰ってきた。帰ってきたが、何かに気をとられて玄関から森へと歩いていった。そこにたまたま下平夫妻がいて、衝動的に勇樹ちゃんをさらった――おそらく、母親のほうだろうが」
「スギさんは、誘拐は偶然だったっていうのかい?」
「その1年前に自分の子どもがいなくなったんだろ? いなくなった子どもを捜して夫妻が森をうろついていたっておかしくはない」
「でもどうして勇樹ちゃんをさらったりなんかしたんだ?」
「子どもの名前、死んだ子と同じだっただろ? そこにいるのが勇樹ちゃんだとわかっていなかったのかも。いなくなった自分の子どもと同じ年頃の子がいて、その子がかえってきたと思ったか、思いこんだか……。どちらにしろ、意図的に誘拐したってわけではなさそうだけどな」
 下平夫妻を追い込んだものは何だったのか。スメラギは来た道を振り返った。村上を取り囲むリポーターの数は増え続け、下平夫妻を罵るだけのインタビューが続いている。その背後には立派な豪邸がひかえ、家の前には何台もの高級車がとめられていた。
「にしても、誰が何の目的で裕介ちゃんの骨をあそこに置いたのかがわっかんねーんだよなぁ」
 スメラギが再び神隠しの森を訪れた動機は、ずっと頭を悩ませているその問題を解決しようとしてだった。
 誰がは、おそらく東雲青竜だろう。目的は、霊能者としての名を売るためと考えるのが筋だが、他に隠された目的があるような気がしてならない。
 東雲青竜が霊能力者でなかったことは、はっきりした。だが、それならば、裕介ちゃんの遺体をどうやって見つけ出したというのか。
 偶然、発見した白骨がたまたま裕介ちゃんだったというには無理がある。やはり、さがした結果、見つけたとしか考えられない。だが、あの広い山をさがしまわって発見できたとも思えない。現に、7年前、勇樹ちゃんを捜して捜索隊が山に入ったが、彼らは何も発見できなかった。
 東雲青竜はどうにかして裕介ちゃんの遺体を発見した。その方法にこそ、彼の秘密がある。売名以外の目的がある。霊能者ではないかもしれないが、ただものとは思えない。
 偽の霊能者なら、いつもはインチキ野郎として放っておくスメラギだが、東雲青竜に関しては何かしらのひっかかりを感じずにはいられない。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 5-2

「スギさん、熊……」
 山の奥へと進んでいこうとするスメラギを、美月が引き止めた。以前に来た時、熊が出ると警告されたのを思い出したらしい。
「あー? 熊? んなもん、出ねえよ」
「忘れたのかい? 出るって言われたじゃないか。熊の爪痕だってみただろう?」
「これのことか?」
 スメラギは例の爪痕のある木の前に立っていた。
 スメラギたちの目線の高さに熊の爪痕がはっきりと見て取れた。くっきりと四本の平行線が木の幹に刻まれている。
「よくみてみろ。熊のひっかき傷ってのは、この木に一か所しかねえんだ。前に来た時、他の木も調べてみたが、何の傷もなかった。この木だけに傷があって、そしてこの木の一か所にしか傷跡がない。それっておかしくねえか? 熊ってのは両手両足あるんだろ? 両手でひっかいたら」と、スメラギは両手をあげ、爪をたてる仕草をしてみせた。
「傷は少なくとも二つはあるべきだ。この傷は人間がつけたんだ。熊の剥製の手か何かをつかってギィーってやったんだろ」
 スメラギは早くから作為を感じ取っていた。疑惑が確信に変わったのは、立ち寄った蕎麦屋で熊の剥製を見た時だった。熊の剥製を使って、熊が立ちあがった時の高さ、爪痕を残したらどのくらいの高さに残るものかを確認したスメラギは、神隠しの森で見た爪痕は誰かが意図的につけたものだと確信した。神隠しの森で見た熊の爪痕は、スメラギの目線の高さにあった。木にのぼろうとしてついた爪の痕なら、頭より上部、スメラギの頭部より少し上になければならない。
「でも、誰が、なぜ?」
「この山に人を入れたくない人物がいるってこったな。熊が出るとわかればわざわざ入ろうっていう人間はいねえだろうし」
「それは誰……」
「おめえも誰かってのは薄々わかってんだろ?」
 スメラギは森の中へと入っていった。来た道のはるか遠くに豪邸と人だかりがある。人だかりの中心にいるのは、この森の所有者である村上太郎だ。
「神隠しっていうのは、入ってほしくない森に入ったから、つまり……」
「森の秘密をもって外に出られちゃ困るから“足止め”したってとこだろうな」
 スメラギは言葉を濁した。
「前に来たことがあるみたいだって言ってただろ? 来たことあんだよ。ここにはいつでも霊がいる。いすぎだったんだ――」
 閻魔王こと夜摩から死者の霊を集めてこいと言われると、スメラギはこの森へと足を運んだ。死者たちは何も語らず、ただ心残りを口にし、スメラギによって解消された後はあの世へと旅立っていった。死者がこの世に未練を残すのは、その死が突然に訪れた場合に多い。死ぬとはおもっていないから、明日に明日にと引き伸ばされたことがらが心残りとなる。スメラギの仕事はその心残りを解消するだけだったし、その死因については無関心でいるようにしていた。過去は変えられない。スメラギも霊たちもそれはわかっていて、何故死んだかについては互いに深くは考えなかった。
「人の命を奪ってでも出入りを阻止したい何かがこの山にはある。そうまでして守りたい秘密ってのは何なんだ……」

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 5-3

 「その秘密なら、あなたの足元にありますよ」
 森の奥から声だけが響いてきた。スメラギは思わず身を震わせた。やがて木の陰から姿を現したのは山内和泉だった。黒のパンツスーツ姿で、肌の白さが際立っている。
「どうしました? 死人でもみたような青い顔をしているじゃないですか。私は生きた人間です。それに死人をみたって今さら驚くような人ではないでしょう、あなたは」
 山内和泉はゆっくりとスメラギに近づいてきた。枯葉の上を歩いているのに物音ひとつたたない。スメラギは何かに足元を縛り付けられたようにその場を動けないでいた。
「美月さん、あなたにならみつけられるはずです」
 山内和泉は美月の足元に視線をやった。つられるように美月も顔を落とし、そこに白く光るものをみつけた。
 松葉を払って出てきたものは、傘の開ききっていないマツタケだった。
「マツタケ?」
「山のダイヤモンドとも言われています。この山にはマツタケがうなるようにあるのです」
「マツタケのある山、それが守りたかった秘密。マツタケを採りに山に入ってもらいたくもないし、もって出ても欲しくなかった――」
 美月の言葉に山内和泉は頷いてみせた。
 山のダイヤモンド――たいした産業のない山間の村に、ひときわ目立つ豪邸を持ち、高級車をずらりと並べたてることができたのはマツタケの採れる山を所有しているおかげだ。村上は秘かにマツタケを売りさばいて大金を手にしていたのだろう。
「マツタケの秘密を守るため、山に入った人間には“神隠し”にあってもらった――」
 山内和泉の声が揺らいで聞こえる。高い音と低い音が螺旋のようにからまっているような不快な声音だ。その低い方の声音に、スメラギは聞き覚えがあった。
「神隠しっていうけど、それは殺人じゃないですか」
 美月の憤りに、山内和泉は首を横にふった。
「いいえ、そうとも言えないんです。直接手を下したわけではありませんから。事故だと言えばすんでしまうのです。熊よけに掘ってあった落とし穴に勝手に落ちたのだといえば。ここは私有地ですから、そもそも許可なくの侵入は禁止されています。不法侵入したうえで落とし穴に落ちて亡くなっても、それは“事故”でしかないのです」
 正論だった。
「でも熊は出ないのだから」
「“今は”でないというだけです。昔はいたでしょう。そのころからの落とし穴を放置していた――言い訳ならいくらでもできる」
 美月は反論の余地を奪われ、黙るしかなかった。
「それを知っているあんたは何者だ」
 やっとのことで、スメラギは喉から声を絞り出した。どうしてだか全身に力が入らない。山内和泉が現れてからだ。
「あなたにならわかるとおもっていましたが」
 山内和泉は笑みを浮かべた。邪まとは異なる。だが、無邪気とも言いかねる微笑みだった。その目が青く光っていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 5-4

「お前、東雲青竜か」
「何だって?」
 美月が驚きの声をあげるのも無理はない。東雲青竜は男性、目の前にいる山内和泉は女性だ。東雲青竜は金髪だが、山内和泉は美しい黒髪の持ち主だった。ふたりともに寒気のするような美男美女ではあるが、同一人物とは到底思えない。思えないのだが、今日の山内和泉は、東雲青竜同様、青い澄んだ目をしている。シャツかとおもった胸元の白さは肌そのものだった。
「男でもない、女でもないんだろ?」
「よくわかりましたね」
「美月に媚を売らなかったからな。女なら美月をほっとかねえ。それなら男ってとこだが……」
「男でもあり、女でもあり、男でもなく、女でもない。そんな人間がいてもいいのに、この世には男か女かの二者択一しか存在しないんです」
 山内和泉こと東雲青竜はふふと笑った。青い瞳が光をこぼちた。
「東北の一部に青い目をもって生まれる人間がいると聞いたことがあるが」
「ええ、金髪はかつらですが、私のこの目は生まれつき青いんです。あなたの髪が生まれつき白いのと同じで」
 吸い込まれそうな瞳に、スメラギは精気の奪われる気がしていた。
「私はあなたのように霊がみえるわけではない。私がみるのは、記録。その場に残された記録を映像としてみることができるだけなのです」
「あんたはここに来て、落とし穴に落ちた人々たちがみえたってことか」
「落とし穴はかつてあそこにありました。故意にしろ、そうでないにしろ、森に入った人たちはみなあそこに落ちた――」
 スメラギと美月は、東雲青竜がみつめる暗い森の影の一点をみつめていた。
「テレビ局から番組出演の要請があったので、私は山内和泉に化けて事前のリサーチをしにこの森に入った。その時、一切をみてしまったのです。人々があの落とし穴に落ちていくのを――。その中には、下平裕介ちゃんもいました」
「骨を掘り起こして、発見場所に置いたのはあんたか」
 東雲青竜は沈黙をもってスメラギの推論を肯定した。
「勇樹ちゃんの行方不明事件は、偶発的な出来事だったのです。あの日、下平夫妻は森をさまよっていた。裕介ちゃんの発見につながる手がかりはないかとこっそり森に出はいりしていたんです。そして、同じ年頃の勇樹ちゃんに出くわした――」
「あんたはその時の様子も見たんだな」
「ええ。勇樹ちゃんがいなくなったと母親から連絡を受けた父親の村上は慌てました。まさか自分がほった落とし穴に落ちてはいないか、急いで確認しに行っています。そして事故ではないとわかると、今度は穴をふさいだ。捜索のため山に人を入れることになるから、それまでの悪事の証拠を消したというわけです。勇樹ちゃんの捜索願いの提出が遅れたのは、穴をふさいでいたからでしょう」
「あんたはその穴を掘り起こして裕介ちゃんの骨を発見し、例の場所へしこんだ。なんでそんなことを?」
「東雲青竜の名を売るため、ですよ。なかなか衝撃的だったでしょう」
 東雲青竜が笑うたびに、空間が捻じ曲がる。
「それともう一つ。あなたに会うため、かな」
 東雲青竜の顔が間近に迫った。
「あんなことをすれば、本物の霊視能力をもつ人間に会えるとおもったから。黙っていられないだろうからね。そうしたら、あなたが出てきた。僕はあなたのような人間に出会いたかったんだ」
 異形のもの、異能のものの存在は孤独だ。東雲青竜の存在を不気味におもいながらも、スメラギはどこかで彼は自分自身でもあると感じていた。同じく憑依体質の美月に出会うまで、スメラギは孤独だった。自分の能力を忌んだ。だから、同じように忌まわしい運命に生まれついた美月とともにいることで、今まで人間でいられたような気がする。もし美月がいなかったら、スメラギもまた、東雲青竜のように孤独であっただろう。
「またどこかでお会いしましょう」
 東雲青竜の細い指がスメラギの頬を撫でた。風がそよいでいったのをそうおもっただけなのかもしれない。気づくと、東雲青竜の姿はなく、スメラギは全身から力がぬけてその場に崩れ落ちていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 エピローグ

 「サバ味噌定食二つ!」
 よろずののれんをくぐるなり、スメラギは厨房にむかって声をあげた。奥からあいよと威勢のいい声がかえってきた。
「サバ味噌煮お待たせ。今日のはおいしいよ」
 おかみがもってきた味噌煮の甘い湯気に、スメラギの喉仏がごくりと動いた。
「いつもうまいっすよ」
「一期一会、うちの人、毎日全力で作るからね。今日は今日でまたおいしいのよ」
 一足先にサバ味噌定食にかぶりついた美月は、口を動かしながら同意するように何度も頷いていた。
「あら、そちらさん、ぎっちょ?」
 茶碗と箸をもつ手が鏡像のように裏返っている美月をみて、おかみは目を細めた。
「うちの人もぎっちょだったのよ。家の人に厳しく直されて今は右手で何でもするけど」
 ごはんのおかわりは言ってくださいねと言い残し、おかみは呼ばれて厨房へと戻っていった。カウンターには別の客の注文した料理が並べられていた。
「自分が苦労したのでね、息子には同じ苦労をさせまいと厳しく直したんですよ」
 美月、いや美月の体を借りた佐藤博は厨房にいる主人をみやった。狭い空間で忙しく注文の料理をさばく主人は右手で作業をこなしている。
「利き手の矯正だけじゃない。躾は厳しかったですよ。勉強しろ、医者になれ、医院を継げって口うるさく言っていました。料理人になると言われた時、頭にきたものだから勘当したんですよ。それでも、店をもったって人づてに聞いた時は嬉しくてね。生きている間に来るべきだったのに、来れなくて。それだけが心残りでして……」
 定食屋よろずの主人の父親、佐藤博は息子が気がかりで死後、毎日のようによろずに通っては厨房で働く息子を見守り続けてきた。座るのは入り口近くの席と決めていて、そこは今晩、美月とスメラギが座った場所でもある。その位置からだと、厨房の様子が手にとるようにわかるからだった。
 毎日店にやってきては息子の仕事ぶりを眺めているだけで、霊となった今、佐藤は息子の料理を口にして味わうことはかなわなかった。霊は実体がないため、食べ物を得ることはおろか、味覚などの感覚も一切失われている。入り口近くの席について厨房をながめる上品な老人客―
佐藤の存在に日頃から気づいていたスメラギは、美月の体に憑依してはともちかけた。霊体を受け入れられる美月の体であれば食べ物を口にすることもできるし、味もわかる。
「うちは代々医者の家系でしてね。といっても私は入り婿で、医院はもとは家内の家のものなんですが。子どもは息子ひとりだけでしてね。男の子だったものだから、家内と義理の父がぜがひでも息子に医院を継がせたいといいましてね。ほかから医者をむかえるより、血のつながった子が継いでくれたほうがいいんでしょうね。子どものころから英才教育で大人になったら医者になるんだとたたきこんだものです。それが、中学卒業と同時に料理人になりたいと言い出しましてね。何を馬鹿なことを言うんだって家族で反対して、結局、高校までは行ってくれたんです。でも、高校を卒業した翌日、息子は家を出たんです。駆け落ちっていうんですか、恋人とふたりで姿を消したんです」
 佐藤の視線の先に、厨房へ声をかけるおかみの姿があった。
「苦労したんでしょうね……」
 料理の世界は華やかにみえるが裏の事情は厳しい。今でこそ、専門学校へ通うなどして技術を取得できるが、親方、弟子の因習が強く残り、多くは中学卒業とともに下働きから始めて料理の道に入る。高校を卒業してからではずい分とおくれをとり、その分人並み以上の苦労をしてきたはずだった。
 だが、よろずの主人から愚痴のたぐいをスメラギは一切聞いたことがない。主人もおかみも、来るたびに笑顔でうまいものを出してくれたし、しばらくぶりに顔を出しても嫌味ひとつ言うでもなく迎えてくれる。スメラギが子どもの頃から、ふたりは変わらなかった。人をおいしいものでもてなすのが好きな二人だった。
「あんたが死んで病院はどうなったんだ?」
「家内の妹の子が継ぎました。ねえ、どうにかなるもんなんですよ。それなら賢(さとし)に心置きなく料理の道へすすませてあげてもよかったんだ……。婿養子で入った自分の代で医院を潰すわけにはいかないと馬鹿な意地をはったものだから――」
 その言葉じりには、大事な子どもを手元からはなしてしまった後悔がにじんでいた。
「息子は本当に料理が好きでね。母親も病院を手伝って忙しかったから、小さい頃から台所にたって何か作ってましたよ。サバの味噌煮はね、小学生でもう作ってくれたんですよ。家内のよりよっぽどうまくてね。プロ顔負けだなっていったら喜んでましたっけ」
 店に入る前、佐藤はサバ味噌を注文してくれとスメラギに頼んでいた。
「同じ味ですよ、あの頃と。うまい、うまい」
 そういってほぐしたサバの身を口に運びながら、佐藤はぽろぽろと涙をこぼした。

あとがき

あっという間にあとがきです。

短い話だったなあ、もっと書きこめばよかった。書き手としては少々不満が残ります。

今回は新キャラが登場しました。後々、また出てくる予定です。このシリーズ、1年に1作ペースなので、登場は数年先になりそうですが(汗)

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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