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あじろ けい

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渡せなかった手紙 4-1

 幼なじみの美月龍之介が訪ねてこなかったら、スメラギは飢死していただろう。飢え死には大袈裟としても、3日も飲まず食わずでいたら衰弱して当然だった。
お盆に入って3日目、美月がアパートにスメラギの様子を確かめに来たとき、スメラギは玄関先でのびていた。ちょうどお盆だったこともあって、アパートの他の住人たちは帰省してしまっていたし、発見がもう少し遅れていたならとおもうと、スメラギは背筋がぞっとする。
 人ごみが苦手な人間がいるように、霊感体質のスメラギは霊体の多い場所が苦手だ。霊気にあてられるからである。
 普段なら、紫水晶の丸メガネをかけて霊視をシャットアウトして正気を保つのだが、幽鬼たちが地上に繰り出す盆の最中に街中を歩きまわるのは、人ごみが苦手な人間が外出するのと同じぐらいの自殺行為だ。
 死んだ恋人、柏木孝雄からの手紙を渡すべくむかった海辺の街―幽霊屋敷のようなうらぶれた洋館に幽霊のようにひっそり暮らす老女は、手紙を渡す相手、宮内小夜子ではなかった。
 その宮内小夜子の洋館を出てからの記憶がスメラギにはない。
 どこをどう帰ったものか、六畳一間、風呂・トイレ共同のおんぼろアパートの部屋に帰り、玄関先に倒れていたところを美月に発見された。
「盆はだめだろうと思ってねえ」
 中学からの幼なじみである美月は、スメラギの霊視能力や、地獄、天上界を問わず、あの世のすべての霊たちが地上に一時戻る盆には体調を崩すということも知っている。
 霊視防止用の紫水晶のメガメをかけるようになってからは、さすがに倒れるほどまで霊気にあてられることは少なくなったが、それでも毎年、美月はスメラギの様子を気にかけていた。
 この盆はどうしているだろうかと心配で訪ねてきたら、案の定スメラギは自力では起き上がれないほど弱っていた。
 こんな時の対処法も付き合いの長い美月は心得ている。霊気にあてられたら、清水で清めてやればいいのだ。
スメラギが歩けたなら神社に連れていって禊(みそぎ)をさせるところだが、スメラギは意識不明の衰弱ぶりであったので、美月は近所の神社、父親が宮司、自分は禰宜(ねぎ)をつとめる富士宮神社に袴の裾をからげて急ぎ戻り、井戸の水をポリタンクにいっぱい汲んできた。自分たちも神事の前の禊に使う、澄んだ湧き水である。富士宮神社の裏にある洞穴は富士山までつながっているというまことしやかな噂があり、神社の井戸水は富士の山の雪解け水なのだと、近所ではもっぱらの評判だ。
 おなじく美月によって運びこまれた檜(ひのき)のたらい桶の底で胡坐をかいて座るスメラギの頭の上に、美月はポリタンクの水をぶちまけた。
 容赦なくスメラギの頭上にそそがれる湧き水は、桶の縁をはみだした膝頭を叩いて弾け飛び、あたりの畳を濡らした。美月は構わず水を浴びせかけ、スメラギは、肌にはりつくシャツの下で鳥肌をたてながら、桶に溜まっていく水に体を浸していた。
 生まれながらの見事な白髪の短い毛先をつたって、銀色のしずくが桶の水面を軽やかに撥ねる。地下からくみ上げた、ひんやりと澄んだ水を浴びせてもらっているうちに、スメラギの重かった頭が軽く、思考がクリヤーになっていった。
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テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 4-2

「スギさん、本当に盆はダメだねえ」
 笑うとなくなる目を細めて美月は笑った。その笑顔は、神社に仕える者のくせに弥勒菩薩を彷彿させる。仏の顔も三度まで、というが、美月はいつだって仏の穏やかな笑顔だ。
 スメラギの知る限り、美月は怒った顔をみせたことがない。感情がないわけではなく、喜怒哀楽の「怒」だけが欠けている。バスケ部のキャプテンとして、試合などでは厳しい表情をみせることもあったが、感情にまかせての怒りとは違う。
 その穏やかな微笑みに、人は自然と引きこまれてしまい、知らず知らずのうちに、美月のおもうままになってしまうのだ。
 今もまた、スメラギは美月の言うなりに、世話を焼かれてしまっている。服を着替えさせられ、風呂からあがったばかりの子どもを扱う母親のような美月に、乾いたバスタオルで生まれつきの白髪頭を乾かされている。

 美月は大量のインスタント食品を買いこんでスメラギの狭い部屋に持ち込んでもいた。お盆が終わるまで外に出られないスメラギの非常食である。
「母さんがいてくれたら、何か簡単なものを作ってもらえたんだけど……」
 美月の母親は2年前に亡くなっている。美月の母親が生きていたころは、一人暮らしのスメラギを気にかけて、美月に肉じゃがだの煮物だのを持たせてくれた。スメラギが特に好きだったのはカレイの煮付けで、カレイの身のほぐれ具合と味のしみ込み具合が絶品なのである。
「なあ、スギさん。盆には地獄の釜の火も消えて、亡くなった人はみんな地上へ戻るというけれど、母さんも戻ってきているのかなあ?」
 そう言う美月の背後には、美月に似た細面の女性が正座していた。2年前に亡くなったそのときのままの姿の美月の母親だが、美月には見えていない。
美月の母親は、インスタント食品の山を見ると、たちまち顔をしかめた。その視線を追ったスメラギを不思議に思った美月が「何?」とたずねると、スメラギは声を押し殺して笑った。
「何だい」
「お前のお袋さんが、はやく結婚してインスタントは卒業しろだとさ」
「母さんがいるのか?!」
 慌てて周囲を見回す美月に、スメラギは後ろだと指さした。
「親父さんとふたりしてカップ麺やコンビニの弁当ばかりじゃ、健康によろしくないだとよ」
「わかってるけど、父さんも僕も料理は苦手なんだよ」
「だから、お前が嫁をもらえばいいんだとさ。彼女はいないのか?だってよ」
「いやだなあ、母さん。そんな話、スギさんの前で……」
 身長180cmを超える長身で細身、笑うと目のなくなる仏顔の美月は、もてた。スメラギの知る限り、中学・高校と、彼女がいなかった時期がない。そのくせ、長続きせず、たいていは数ヶ月で終ってしまう。
 身長が高いというだけで美月と同じバスケ部に入らされたスメラギとはえらい違いだ。かたやバスケ部のエースでキャプテン、かたや、生まれながらの白髪のせいでいじめられてばかりで性格がひねくれてしまった劣等生。加えて霊がみえるとあっては、人付き合いを避けてしまいがちだというのに、彼女をつくるなどもってのほかだった。半分でいいからよこせ、と冗談を言ったことがあるが、美月は照れたように笑うだけで、スメラギの前では女性の話をしたがらなかった。
 それはいい大人になった今も変わらない。時々、近所で見かける美月はそのたびに違う女性と連れ立って歩いているが、彼女なのか、ただの女友達なのか、スメラギは知らない。聞いたところで、答える美月ではない。
「お前のことが心配なんだな、お袋さん」
「子どもじゃないんだから」
「靴ひももちゃんと結べないのに?だってさ。なんだ、お前、靴ひも結べないのか」
美月は、母親がいると思われる方に向き直り、
「母さん! そういうことは言わない!」
 と言うが、美月の母親は平然と聞き流している。
 霊気にあてられて弱っていたのもなんのその、今はすっかり調子を取り戻して腹を抱えて大声で笑っているスメラギに、美月は、禰宜は着物姿で過ごすことが多くて靴を履く機会があまりないからうんぬんと言い訳をしていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 4-3

「ああ、ったく。僕だってみえたら、スギさんのお袋さんからスギさんの秘密なり、弱点なりを聞きだしてやるのに」
「残念だったな」
 美月の母親は、スメラギの口を通して美月の好物のサバの味噌煮の作り方とコツを教え、美月より一足先に愛する夫、美月の父親のいる富士宮神社へと戻っていた。
「何だか不思議な感じだよ。母さんがまだ生きているみたいだ。スギさんには生きている時と同じように見えているのかい?」
「まあな」
「スギさんのお袋さんも、盆には戻ってくるのかい?」
「ああ。でも親父のところだ…」
「そう」
 スメラギは嘘をついた。
スメラギの母親の霊はスメラギにもみえない。天上界にいったものだろうと地獄に落ちたものだろうと地上に残るものだろうと、霊なら幽鬼でも何でも見えるスメラギだが、存在しないものはいかにスメラギの霊視をもってしても見えない。
 スメラギが6歳のときに死んだ母親は、この世から消滅した。消滅させたのはスメラギ自身である。
 スメラギの母親が死んでこの世からその存在を消してしまって以来、もともとうまくいっていなかった父と子の関係はさらにぎくしゃくし、数年前にスメラギが二十歳の成人式をむかえると、スメラギの父、皇慎也は、親の責任は果たしたとばかりに家を出て行った。
 今は、この世にとどまり続ける幽鬼たちを説得、成仏させる全国放浪の旅に出て、たまの連絡は美月の父親あてにくる。スメラギと美月がそうであるように、父・慎也と美月の父親とは親友同士だった。
 代々にわたって富士宮神社の宮司をつとめる美月家と皇家との付き合いは長く、スメラギが美月龍之介に出会ったのは、霊視防止用のメガネを作ってもらうよう、父親に連れられて美月家をたずねたのが最初だった。
 スメラギの霊感体質は父親ゆずり、皇家は魂守人(たまもりびと)として代々、霊を鎮め、霊が生きている人間の世界に干渉しないよう、務めてきた。皇家のものとして、スメラギもまた例外なく、霊と関わる仕事をしている。
 スメラギが幼いとき、父親と母親は離婚し、スメラギは母親に引き取られた。離婚の理由は、皇家の特殊な血にあったのだろう。普通の人間と同じように霊が見えているスメラギにむかって、母は、あそこに人がいるとかそういうことは、人の前では言っちゃダメよと諭した。母は、「普通の子」としてスメラギを育てたかったのかもしれない。
 母親が事故死した後は、父・慎也に引き取られたが、母親はまだ幼いスメラギを心配してこの世にとどまり続ける幽鬼になった。
 母親は生きていた時と変わらずにスメラギの面倒をみた。死んだはずの母親の姿が常にそばにあるので、スメラギは母親が死んだとはおもっていなかった。父に隠れての母との生活は5年続いた。終止符を打ったのはスメラギ自身だった。
 ああするほかに、母親を救う方法はなかった。怨霊となった母を永遠の責め苦から救うには、母親を消滅させるよりほかに仕方がなかった。母が怨霊となったのはスメラギのせいだったから、母を救うのはスメラギの責任だった。生まれつきの白い髪のせいでスメラギはよくいじめられていた。スメラギを愛するあまり、母は、スメラギをいじめていた子どもたちに祟った。
 怨霊となった母をスメラギは覚えていない。覚えているのは、何かと世話を焼きたがる母の、ダメねえという口癖と、口調と裏腹の笑顔だけだ。
「ハックション!」
 くしゃみをしたスメラギの耳に、母のダメねえという声が聞こえた気がした。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 5-1

 地獄の釜の火が入ってというのは物の喩えで、地獄に煮え立つ大釜などないのだが、お盆が終わって“目には目を、歯には歯を”の日常が戻るはずの地獄は、慌てふためいていいた。
地上に帰されていた霊たちの一部が戻ってきていないのである。
 地獄を脱け出した彼らの行方を追って閻魔庁は大騒ぎである。篝火がうっすらと灯るだけの廊下を、幽鬼たちが行ったり来たり、普段はぴたりと閉まった十王たちの執務室も開きっぱなしで、ひっきりなしに幽鬼たちが出入りして、どこかせわしない。とはいえ、そこは幽鬼たち、物音ひとつたてるわけでもなく、実際は慌てているのかもしれないが、見た目には優雅に宙を舞っているかのように廊下を走りぬけている。
 スメラギが地獄の閻魔王室をたずねたのは、そんな騒ぎの最中であった。
「スメラギぃ! ええとこに来た~。ちょっと頼まれてンかぁ~」
 閻魔王室の開け放たれた扉をノックする間もなく、夜摩のほうが目ざとくスメラギをみつけ、猫なで声ですり寄ってきた。
「気持ち悪りぃ、それ以上近寄るなっ!」
 スメラギは反射的に体をひいた。
「“気持ち悪い”って、なんや。こんな美女つかまえて」
 夜摩は見事なブロンドの巻き毛を指先に絡めてみせ、腰をひねってしなをつくってみせた。
 真紅の瞳の流し目が、薄紫色のアイシャドーでさらに艶かしさを増している。ふっくらと肉感的な唇は赤く艶めいて、真珠のごとくにきらめく歯がのぞいている。
 人の皮をなめして血で染め上げたというボディースーツは、細くくびれた腰と豊満な胸とを露にし、さすがは地獄の閻魔王、人間ばなれした身震いするほどのスタイルの良さと美女ぶりだ。
 ただし、口を開かずに黙っていたら、である。
「女は相変わらず苦手かいナ」
「お前、“女”じゃねーし」
 せいいっぱいの媚をこめたつもりのその声は腹の底に響くほど低い。夜摩は男だ。その豊満な胸は、地獄におちた女の胸から切り取ったもので、夜摩はおもしろがってその胸をつけての女装を楽しんでいる。
「どうせ、脱獄幽鬼を捜索しろってんだろ? 毎年のことなんだから、いい加減何とかしたらどうだ? GPSをつけるとかさ」
「そないなもん、金がかかるさかい。あんさんに頼めば、タダでっしゃろ」
 地獄の沙汰も金次第、金にうるさい夜摩には金さえ積めば地獄行きも帳消しにしてもらえる。仮に地獄へ落ちたとしても、残った家族が金を送り続ければ地獄の刑期も短くなるという。噂では、夜摩は相当な金を貯め込んでいるらしかった。
 毎年、盆のあとに幽鬼たちが戻ってこないのは、実は夜摩が金を積まれてわざと逃がしているのではないかと、スメラギは睨んでいるが、あくまでも疑惑の範疇を出ない。
「金とは、日本円でないとだめなのか」と聞いたことがある。夜摩は「ドルでもユーロでも何でもええで」と、にんまり笑った。でも一番いいのは「金(きん)」だそうだ。通貨はその時々で価値が変わるが、金色の光はいつの時代の人々をも魅了する。
「あんたら人間のほうがよっぽど業突く張りやで」――PCなど、閻魔庁の設備の一部は、人間たちの業者から買い取ったものだ。もちろん、彼らは買い手が閻魔王だとは知らずに売りつけているのだったが。
「幽鬼探し、やってもいいぜ」
「ほんまにぃ!」
 抱きつこうとする夜摩を、スメラギは全力で拒んだ。
「そのかわり、頼みがある」
「閻魔王相手に取引とは、えらい度胸やな」
 語気が強まり、夜摩の紅蓮の瞳が光を増す。
「宮内小夜子を捜してほしい」
「なンや、まだ手紙を渡してなかったンかいな」
 死人のこの世での心残りを解消する仕事をしているスメラギは、とある老人から、宮内小夜子という女性に手紙を渡すよう依頼を受けた。スメラギは、まず死人の側から宮内小夜子捜しを始めた。生きていたら80歳を超えるだろう女性だったから、死んでいる可能性のほうが高いと踏んだのだ。
 この世のすべての命の情報が詰まった地獄の鬼籍データベースに“宮内小夜子”を照会したが、教えてもらった宮内小夜子は3人とも人違いだったというと、
「そんなはずおまへンで!」
 と夜摩は叫び、篁(たかむら)を呼び出した。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 5-2

 「何がおかしいって言うんです」
 この世のありとあらゆる生命のすべてを記録した鬼籍データに記載漏れなどあるはずがない。鬼籍データベースの管理責任者である小野篁(たかむら)は憮然としていた。
 地獄を取り仕切り、閻魔庁のトップを務めるのは閻魔王こと夜摩だが、鬼籍データベースの実質的なトップ責任者は篁である。
 それまでの和綴の記録帳に記載されていただけの情報を電子データに移行させ、関連する情報を包括的に網羅したデータベースを作成、必要な情報を必要なときに取り出せるよう検索システムを充実させたのも篁だった。夜摩は一切関知していない。篁は、鬼籍データベースの正確性には自信をもっていたし、鬼籍データベースについて彼が知らないことは一切ない。
 それだけに、「鬼籍データベースがおかしい」と言われると、自分自身を貶されたような感じがするのだろう。ニヤニヤとした笑顔を浮かべる夜摩の顎を肩に乗せ、篁はスメラギをみすえていた。
 ♪マルかいて~マルまいて~ ― 篁の顔をみるたびに、スメラギ自作の絵描き歌が頭でぐるぐる鳴り出す。童顔の丸顔にメガネと、どこかのテーマパークで愛想をふりまいているようなキャラクターのような愛らしい輪郭だが、頭脳の回転はその外見を裏切って鋭い。篁が手がけた以上、鬼籍データベースの正確性に問題はない。
 夜摩の言い方が悪い。スメラギは、以前に出してもらった検索結果に、自分が捜している宮内小夜子という人物がいなかったと言っただけで、「鬼籍のデータベースがおかしい」とは一言も言っていない。
「おかしいなんて言ってないだろうが。この間探してもらった3人のなかに宮内小夜子がいなかったんだ」
「該当者がいない? そんなはずは…」
「もう一度調べてもらえないか」
 美月の結婚の話が出たとき、スメラギははっと気付いた。
 最初に鬼籍にあたった時、宮内小夜子は宮内姓のままだろう、またはいただろうとばかり思って、“宮内小夜子”を探した。
 白髪三白眼の見た目の凄みを裏切って案外ロマンチストなスメラギは、恋人をずっと待ち続けて独身でいるとばかり思い込んでいた。だが、もしかしたら、宮内小夜子は結婚して姓を変えているかもしれない。
 鬼籍には、死に場所や死ぬときや死んだときのデータしか記録されていない。結婚して姓を変えて死んだのなら、宮内小夜子は宮内小夜子としては鬼籍に記載されていないのである。
 宮内小夜子を旧姓で探してみてほしいと頼むと、夜摩は
「忙しいンやけどなあ…」
と文句を言い、ぐずぐずしていた。
 何でも、人斬り伊蔵として知られる稀代の殺し屋、岡田伊蔵が脱獄しており、はやく連れ戻さないと人間界に差し障りがあるので必死の捜索を行っているということだった。脱獄すれば地獄の刑期がさらに延びると知っていて、伊蔵は毎年のように地獄を脱け出す。
「地獄(こっち)で斬られすぎて、アホになったンとちゃうか」
 地獄では、現世での行いがそっくりそのまま自分にかえってくる。天誅と称して人を斬り倒した伊蔵は、今は斬られる側だ。
「出ました」
 篁が検索結果をはじき出した。ものの十秒もかかっていない。これが夜摩だと数分どころか、下手したら、検索結果なしと出たかもしれない。その長い爪のせいでなくても、夜摩はまるっきり機械に弱く、いまだに鬼籍データベースを使いこなせていない。
 夜摩の立派なPCをみながら、スメラギはひそかに、豚に真珠ならぬ閻魔王にPCと呟いた。
“宮内小夜子”は、前に調べた3人のほかに4人が追加され、合計で7人の名前が画面に表示されている。
「ふん、こいつはおもろい。ひとり、幽鬼になったやつがおるで」
 夜摩の赤く先の尖った長い爪に指し示されるまでもなく、スメラギも幽鬼となった女のデータに目を留めていた。

 【沼田小夜子】 <旧姓>宮内
 F県○×にて肺炎で27歳で死亡。魂未回収

 死んだ場所は手紙の住所からは遠く離れているが、死に場所が生きている人間の住んでいる場所とは限らない。「魂未回収」とは、死神の手を逃れ、幽鬼としてこの世に留まり続けていることを意味している。
 結婚の約束までした恋人の生死はわからないまま、女は別の男と結婚した。親に言い含められてで望んだ結婚生活ではなかっただろう。失意のまま病死した女の魂は、恋しい男が生きているかもしれないと望みをつなぎ、この世にとどまって男を捜しているのか、待っているのか――海辺の街の老女は生きながらに死に体と化して、騙した男の帰りを待ち続けている。
 宮内小夜子もまた、この世のかたすみでひっそりと柏木孝雄を待ってはいないだろうか……。
「幽鬼やで。めんどくさいで」
 夜摩はそう言い、その後に起こる悪夢を予感したかのように、くっくと喉を鳴らして不気味に笑った。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 6-1

 恋人の生死がわからないまま死んだ女は、もしかしたら自分のもとをたずねてくるかもしれない恋人を待って、この世にとどまり続けるのではないか――
 スメラギは、死神の手を逃れ、幽鬼となった女こそが、宮崎老人を介して託された柏木孝雄の手紙を渡す相手だと確信した。
 沼田小夜子、旧姓宮内小夜子は、恋人、柏木孝雄がたずねてくるかもしれないと待ち続けている―
 スメラギは手紙の住所をたずねた。宮内小夜子が柏木孝雄を待っているとしたら、手紙が届けられたはずの場所だろう。

 戦前の住所で宮内小夜子の実家があった場所は、いまや都内屈指の交通量を誇る幹線道路になっていた。
「ここかよ……」
 スメラギが絶句するのも無理はない。
 そこは見通しのいいにもかかわらず、事故が多発する交差点だった。スメラギが覚えている限りでは、確か数年前に、交差点の先の喫茶店にハンドルを切り損ねた車が突進し、客と車を運転していた男が犠牲になったはずだ。その後も事故は起こっているようで、歩行者信号のたもとには、真新しい花束が供えられている。
 信号が赤に変わり、スメラギは霊視防止のメガネをはずし、ダッシュボードに投げ捨てた。たちまち、歩行者の数が増える。自分が死んだとわからずに事故現場にとどまり続けている幽鬼たち…。
これだから事故現場は……
 愛車、ビートルのハンドルをにぎる手に汗がにじんだ。
 ダッシュボードには、メガネと、宮崎老人から預かった宮内小夜子あての手紙がのっている。
 金曜の夜の繁華街。夜が深まるにつれて、とこからか人が沸いて街にあふれだす。仕事帰りのサラリーマンにOL ― 仕事を背後に、週末の開放感をすぐ目の前にして、その開放感の放つ甘いかおりにすでに酔いはじめている。
 足取りのおぼつかないサラリーマン、抱きかかえられるようにしてようやく体を縦に保っているOL、ろれつのまわっていない舌で何かを叫んでいる初老の男性、肩を組んでは歌らしきものを歌っているらしい学生たち。信号が変わったというのになかなか歩道にたどり着かない人々にまじって粛々と横断歩道をわたる人々の姿がある。
 スーツを着ていたり、作業着だったり、なかには制服のようなものを身につけていたりと、その職業はバラバラだが、共通するのは全員が男で、背丈も同じほど、顔つきもそれぞれ少しずつ似通ったところがあるようにみえる。年ごろも20代前半から30歳にはなってはいないだろうとおもわれる。
 スメラギの目にだけみえている、事故の犠牲者たちだ。
 突然の事故で死んだことを知らずにこの世に留まり続ける幽鬼たち。霊のみえる体質に生まれついたスメラギには生きた人間と変わりない姿で見えている。だが、その体は酔っ払いたちの体をすり抜けて歩道へとあがっていく。
 周囲のまばゆいネオンに溶け込みかけている信号の光が青に変わり、スメラギは愛車ビートルのギアを入れ、アクセルを踏み込んだ。
 進行方向の道路中央に、女が立っている。
 自分と視線があってもたじろがないスメラギを、女は不思議そうにみつめていた。スメラギはスピードを落とさず、交差点を走り抜けた。
「柏木って男からのアンタあての手紙をあずかってるぜっ!」
 開け放した窓から叫んだ声は、周囲の喧騒に掻き消されてしまった。だが、スメラギは確信していた。彼女の耳には聞こえていると。
 車ごと女の体をすり抜けたとたん、車内の温度が急激に下がり、吐く息がたちまち白く煙る。
「柏木さんからの手紙って?」
 宮内小夜子だった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 6-2

 ビートルの助手席に、宮内小夜子が座っていた。揃えた膝の上に、整った指先をそろえて置いている。スメラギの次の言葉を待って、その目はスメラギの横顔をみつめている。
 ハンドルを握りながら視界の端にうつりこんでくる宮内小夜子の姿は、生きている人間が助手席にいるのとまるで違わない。目鼻口はすべてそろっているし、頭から足の先まできちんと1体につながっている。
スメラギの目にうつる幽鬼たちは、生きている人間と何ら変わりない。霊視防止のメガネをかけていない限り、街をそぞろ歩く人間とその間を行く幽鬼たちとの区別はスメラギにはつかない。
 もし、宮内小夜子の髪が黒くなく、膝頭が隠れる丈のスカートをはいているのでなければ、生身の人間として見過ごしてしまっていただろう。外見はまさに生きた人間と変わらない幽鬼たちの異質さは、まさにその外見にある。
 宮内小夜子の髪は黒く、あげた前髪の生え際はくっきりと富士の山を形どり、後ろ髪はうなじで、後れ毛の乱れもなくきっちりとまとめられている。眉は自然な太さで、手を加えて整えられた跡はみえない。流れるような眉の形は、美人の証だろう。化粧らしい化粧といえば赤い口紅が目立つ程度で、それも品がないというのではなく、女性らしさを強調していて、かえって可愛らしい清潔感がある。
 服装は、白いブラウスに、丈のたっぷりした濃紺のフレアスカートを身につけており、今どきのファッションの主流からはたいぶ外れている。このズレ、異質感こそが、幽鬼である証拠だった。
 現代に生きるものが昔のファッションを懐かしんで―というのとは違う。どんなに忠実に過去を再現したつもりでも、そこには時代のにおいがない。その時代に“常識”であった事柄は記録されず、調査の網から漏れてしまうからだ。だが、幽鬼たちは自分たちが生きた時代そのものを身にまとって現代に姿を現す。現代の風景から浮いた人物 ― それこそが幽鬼にほかならない。
「柏木さんからの手紙は?」 
「そこにあるぜ」
 スメラギは、あごでダッシュボードを指し示した。見覚えのある書体に、小夜子は手紙が柏木孝雄からのものだと確信し、黙って手紙を読み始めた。
 宮崎老人から託された依頼は、戦友、柏木孝雄の手紙を宮内小夜子に渡すこと、だった。宮内小夜子が手紙を手にした時点でスメラギはその場を立ちさるべきだった。そうすれば、その後の後味の悪い結末を避けられたかもしれない……。
宮内小夜子は、恋人からの手紙を何度も何度も読み返しては、声を押し殺して泣いていた。
「私、柏木さんが生きて帰ってくると信じて待っていたのよ……」
「……」
「戦争が終わったら、結婚しようって言ってくれて。でも、戦争が終わってもあの人だけが帰ってこなかった……。私たちのことは周りの誰も知らなかったから、私、あの人が生きているのか死んでしまったのか、知ることができなくて。結婚だって、親のすすめるがままだった……。どうしようもなかったの。でも、私はあの人を信じて待っているべきだったんだわ……」
ビートルの車窓を、ネオンの光がその尾を残して彗星のごとくにかけぬけていく。傍目には、白髪の短髪を尖らせた男がひとり、深夜のドライブを楽しんでいるようにしかみえていないだろう。夜光虫の漂う夜の海を泳ぐように、ビートルは光の舞う都会の夜を走りぬけていく。
「これからどうなるのかしら……」
「…死んだ人間には死んだ人間の住む世界がある。アンタはそこに行かないといけない」
「そうね…。あなたが連れていってくれるのかしら?」
「その前に、ちょっと寄るところがある」

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 6-3

 やってきたのは、巨大ショッピングエリアへと変貌を遂げつつある地域にひっそりと、しかししっかりと建つ小さな映画館だった。
 今時、手書きの看板を掲げ、モダンなディスプレイの続く周囲からは明らかに浮いている。だが、同じように深夜に光を放ちながら、その映画館だけがどこかあたたかい、ぬくもりのある光を湛えて、人の出入りが絶えなかった。
 映画館の名は世界座。戦前から続く映画館で、惜しまれつつ、この夏で閉館することが決まっていた。閉館までの期間、金曜の夜はオールナイトで古い映画を中心に上映している。今夜の映画は「天井桟敷の人々」だった。
 宮内小夜子は、なぜこの古びた映画館へ連れてこられたか、その理由に察しがついたらしい。スメラギがビートルをとめるのを待たずに、ドアを通り抜け、すぅーと映画館へと姿を消していった。
「私たち、よくここで映画を観たの」
 夜中だというのに、館内は満員に近い入りだった。スメラギの目には、通路にまで溢れだした人々の姿が見えていた。かつて世界座に通った人々の霊が、最後の上映会に集っていた。
「柏木さんも来ているのかしら」 
小夜子の目が、幽鬼の観客たちの間に柏木の姿を探していた。
スメラギは黙って首を横に振った。たちまち小夜子の顔が曇った。
「上にいる」
 スメラギの視線は、ぼんやりと明かりの灯る映写室へとむいていた。
 ロビーに出ると、長身の男がスメラギを待ち構えていた。黒いスーツに黒いタイ、スメラギと目があっても挨拶するわけでもない無愛想なその男は、死神だ。
「幽鬼はどこだ」
「今ちょっと……」
 小夜子をあの世へ連れ帰ってもらうため、映画館へつくなり、スメラギはケータイで死神を呼び出した。
幽鬼のこの世での心残りを解消した後には、死神を呼び出し、幽鬼をあの世へ連れ帰ってもらうのが決まりだった。小夜子は依頼を受けた相手ではなかったが、この世にとどまり続ける幽鬼を発見、保護したからには死神に通報、あの世へ送り届けてもらうよう手配するのがスメラギの義務であった。
「手紙を渡すのが、今回の依頼じゃなかったのか」
「……」
「手紙は渡したのか」
「ああ」
「で、お前はこんなところで何をしているんだ」
「……」
 死んだ小夜子の魂の行方を追いながら、スメラギは、小野篁に頼んで秘かに柏木孝雄の行方を捜してもらっていた。
 小野篁が管理する地獄のデータベース、鬼籍には、この世の生きとし生けるもののすべての情報が記載されている。死に場所はもちろん、いつ死ぬのか、どう死ぬのか、生きている間の行い、死後の行く先、天上界か地獄か、はたまたこの世に再び生を受けるのか。
 柏木孝雄は、吉田健二という男として生まれ変わり、20歳の現在は、映画に携わる仕事がしたいと、世界座でアルバイトをしていた。
 その事実をつかんだスメラギは、小夜子を柏木孝雄の生まれ変わりと会わせてやろうと、柏木孝雄=吉田健二が働く世界座へとやってきた。
「男と会わせてやってるんじゃないだろうな」
 図星だった。
 死神にあの世に連れていかれる前に、ひとめでも、かつての恋人、柏木孝雄の魂をもつ男にあわせてやりたい――スメラギのささやかな思いだった。
 スメラギの沈黙を肯定と受け取った死神は、
「帰る。俺は忙しいんだ」
 と、ロビーを後にしようとした。
「おい、待てよ。あ、あと5分。5分でいいからさあ。なあ、彼女は…」
「待つ必要はない。あの幽鬼は今日は回収できない。待つだけ無駄だ」
「どういう意味だよ?」
「あの幽鬼はお前に心残りの解消の依頼をする。あの幽鬼の願いをお前が叶えてやらない限り、俺の出番はない」
「宮内小夜子には何も頼まれてないぜ」
「これから頼まれる」
「なんでわかるんだ、そんなこと」
「わからないほうが鈍い。お前は女心ってものがわかってない。そんなだから女に縁がないんだ」
 女心ぐらい、わかっている、だからこそ、前世での恋人に会わせてやっているんじゃないか――
 死神にくってかかろうとしたその時、小夜子がスメラギのもとに駆け込んできた。
「お願い。あの人と話をさせて」
 無愛想で無表情の死神が、皮肉な笑みを浮かべた。
「依頼人だ」

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ジャンル:小説・文学

渡せなかった手紙 7-1

 霊体に人は見えるが、人には霊体が見えない。ごくまれに「見えて」しまう人間もいるが、それはその人間が「見える」体質なのではなく、霊体のもつエネルギーが生きている人間並みに強い場合だ。霊体のエネルギーが生きている人間並み、もしくは霊体自身が死んだと自覚していない場合には、生きた人間として、人の目にうつることもある。だが、大抵の場合、霊や幽鬼たちは人の目には触れられない。スメラギのように「見えて」「話せる」のは、特異体質だ。
 幽鬼となった小夜子は、かつて恋人と通った映画館で、恋人の生まれ変わりである男、吉田健二と再会した。
 映写室の小さな窓から光放つスクリーンをくいいるように見つめている吉田健二は、姿形こそ違え、まなざしの強さは、かつて愛した柏木孝雄と同じものだった。
 愛しい人は目の前にありながら、小夜子は語りかけることもできず、触れることもできなかった。当然、相手も幽鬼である小夜子の存在に気付かない。小夜子にはそれが不満だった。
 せっかく会えたというのに――
 待ち続けた思いを伝えたい、映画関係の仕事がしたいと言っていた、その夢を叶えた彼におめでとうと言いたい、今も自分を想っていてくれているのか聞きたい、あたたかい腕に一度でいいから抱かれて愛しい人のぬくもりを感じたい――

 小夜子の願いを叶えるため、スメラギは、美月が禰宜(ねぎ)をつとめる富士野宮神社をたずねた。
「美月、また頼むよ、このとーり!」
 両手を合わせて拝むスメラギに、美月は目を細めて笑った。
「いいよ、スギさんの頼みだからね。で、今度はどんな依頼なのさ?」
「初恋の相手と感動の再会、の手伝い、かな」
「僕は何をするのかな?」
「ただ、相手としゃべるだけだから」
「ふーん……。初恋の相手だろう? しゃべるだけで済むのかなあ。相手は? 美人?」
「いや、相手は男で、お前にのってもらう方が女」
 女の人なら大丈夫か、と、美月は意味深なことを呟いた。
 スメラギが霊が見える特異体質に生まれついたなら、その幼なじみの美月もまた、霊をその体に取り込みやすいという特異体質に生まれついていた。左手首につけた水晶の数珠を外せば、美月はたちまちその体を霊にのっとられる。美月家の女性にのみ現れる体質が、その姉を通りこし、妹たちには現れず、どういうわけか美月に出た。
 美月の霊媒体質を、スメラギはちょくちょく、自分の依頼人である幽鬼の頼みごとに利用する。美月の体を借りるのは、生きた人間の肉体でなければ果たせない頼み事を引き受けた場合だ。
 小夜子は、柏木孝雄=吉田健二と会って話がしたいと言った。話をするだけなら、スメラギを介してでもよさそうなものだが、小夜子が拒否した。どうしても、愛する人の体温を感じたいのだという。霊は五感のうち、触感を失ってしまっているため、相手の姿をみることはできても、その存在を感じとることができない。

 「女の人なら大丈夫か……」――不安げに美月はそう漏らし「女だし、大丈夫だろう」――スメラギはそう思った。
 その美月の不安は的中し、スメラギの考えは裏切られることとなる……。

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渡せなかった手紙 7-2

 「ひとつだけ条件がある。女装だけは勘弁だ」――女性である小夜子の霊を、男の美月の体にのりうつらせるにあたって美月が出した条件は、「絶対に女の格好はさせない」であった。
 かつての恋人に会いにいくのだから綺麗に装いたいという女性の気持ちはわからないでもないが、自分の女装姿なんて想像しただけでも気持ちが悪いのでそれだけは勘弁してくれという美月のたっての願いで、外見だけは普段の美月のまま、小夜子の霊は美月の体を借りて、かつての恋人、柏木孝雄=吉田健二の働く映画館、世界座へとむかった。
 女装はさせなかったものの、小夜子の霊がのりうつった美月は、やはり美月ではなかった。普段着の着物姿ではなく、見慣れないラフなジーパン姿のせいばかりではない。スメラギの愛車、ビートルの助手席に座る美月、いや小夜子は、両手をきちんと、これまたきちんと閉じた両足の膝の上に置き、仕草は女そのものである。
(女装させたほうがマシだったか……)
 なまじか外見が美月なだけに、かえってスメラギは居心地が悪かった。
 美月自身は気持ち悪いといったが、案外と美人になったのではないかと、スメラギは今さらながらにおもった。
 神社の禰宜をつとめながら、その笑顔は三度以上の仏顔。笑うと目のなくなる人懐っこい笑顔の美月は、きっと亡くなった母親そっくりの美人になっただろう。
(ただし、デカい女になるけどな)
 美月は、180センチのスメラギよりさらに数センチ背が高い。

 世界座に着き、いよいよかつての恋人の生まれ変わりである吉田健二と対面という前に、スメラギはいくつか注意すべき点を小夜子に告げた。

・吉田健二が前世の記憶をもっているとは限らない。むしろもっていないとおもったほうがいい
・あくまでも美月龍一郎という「男」として吉田健二に接触すること
・男の体にのりうつっているのだということを忘れないこと
 
 スメラギの注意にいちいちうなずくと、小夜子はそそくさと館内のロビーへと姿を消した。
 ロビーには、開館から最近にいたるまで世界座で上映してきた映画のポスターがところ狭しと貼られ、それぞれのポスターの前には人だかりがあった。その映画に関する思い出を互いに語り合っている映画ファンたちなのだろう、その中に世界座のスタッフとして働く吉田健二の姿があった。
美月の体にのりうつった小夜子は、吉田を取り巻く他の人々にまじって、しきりと話しかけていた。対する吉田の反応は、他の人への反応と変わりなく、美月の体に宿る魂がかつての恋人のものだとは気付いていない様子だった。
「前世の記憶がないんだろうなあ……」
「ある人間のほうが珍しい」
 いつのまに来たのやら、呼び出しをかけた死神が隣に立っていた。小夜子との約束では、吉田と話ができたらおとなしく死神に連れられてあの世へ行くことになっていた。
 死神の言うとおり、生まれ変わった人間で前世の記憶をもっている人間は少ない。ほとんどの人間が生まれ変わると同時に過去の記憶を失う。覚えているという人間は少なく、多くの場合、何かのきっかけで思い出しただけで、はじめから覚えているということはない。
「彼は思い出すかなあ……」
 小夜子の魂をもつ人間と話すことが、前世での記憶を取り戻すきっかけになるだろうか。
「思い出しても、思い出さなくても、どちらにしても、やっかいだ」
 死神の予言はあたった。

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