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あじろ けい

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【雑記】ありがとうございました 児童書大賞編

アルファポリス 児童書大賞が終了しました。参加作品「かたっぽだけの靴下」を読んでいただいた方、拍手をしていただいた方、貴重な票を投じていただいた方々にこの場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございました。

児童書って難しいですね。こどもの底なしの好奇心を満たす物語を書くのは一苦労です。

でも楽しかったです。こどもの目線で世界をみると、大人には何でもないものがとてもキラキラした素敵なものにみえる。今作を書くためにこどもたちのいる世界へとおりていったら、おもいのほか面白くて、書いているこちらが楽しませてもらいました。

また何か書こうとおもいます。今度は男の子を主役にしたいな。
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テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

あらすじ

テレビ番組の生放送中、霊視によって行方不明だった子供の遺体が発見される。自称霊能者だという男の能力を疑いながらもスメラギは事件現場となった「神隠しの森」へとむかうのだった。

sumeragi4.jpg

テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 1-1

「いらっしゃい!」
 のれんをくぐるなり、威勢のいい中年女性の声を浴びせかけられた。声の主は、定食屋“よろず”のおかみである。おかみは両腕に料理の乗った皿をいくつもかかえ、狭い店内を器用に動き回っていた。
 厨房から顔をのぞかせている店主が
「いいサンマが手に入ったんだ。塩焼きがうまいよ」
 と言うので、スメラギは軽くうなずいてみせた。それが注文の合図だった。
 “よろず”との付き合いはスメラギが中学生の頃からだから、もう10年以上になる。母とは幼い頃に死に別れ、父は家庭を、というよりスメラギを顧みない男だった。当然、料理などするわけもなく、食事はインスタント食品が主で、よくて定食屋へ連れてこられた。それが“よろず”だった。
 ひとり暮らしをするようになっても食生活に変わりはない。インスタントや冷凍食品に飽きると、よろずの味が恋しくなる。金がなくなればインスタント食品に後戻りするのいったりきたりをスメラギは繰り返している。
 10年以上もの間、月の半分も顔を出していれば家族も同然で、黙っていても白飯は大盛りで、漬物だの煮物だの、メニューにはないおかずの小鉢が一、二品ついてくる。おかみは、口では食べないといけないといいながら、スメラギが嫌いなトマトの付け合わせはよけておいてくれる。子どものいない夫婦にしてみれば、スメラギは息子も同然に思えるらしく、何かと気をまわしてくれる。実際、スメラギほどの年の子どもがいてもおかしくない年齢の夫婦だった。実の親ほど距離は近くなく、しょせんは店主と客という、断とうとおもえばいつでも切れる関係がかえって心地よく、スメラギはつい二人に甘えてしまう。今晩の夕食は旬のサンマの塩焼きに、サトイモとインゲンの煮物、ホウレンソウの胡麻和えの小鉢がついてきた。
「相変わらず、上手いね」
 サンマをつついていると、魚の食べ方がきれいだと褒められた。幼馴染の美月龍之介だった。仕事帰りによろずに寄ったものとみえ、白衣(びゃくえ)に浅葱色の袴姿である。美月の家は代々、富士野宮神社の神主を務めている。現在の宮司は美月の父親で、美月自身はその補佐役の禰宜(ねぎ)の職に就いている。
「きれいに食ってやらねえと成仏できねえだろうからな」
 スメラギは箸先を器用に操って骨から身をはがして口に運んだ。
「スギさんほどきれいに食べてやれないことだし、僕は生姜焼き定食にするかな」
 壁にずらりと並んだ品書きに一通り目をやり、美月は水をもってきたおかみに注文を告げた。
「お前が外食なんて珍しいな。おやじさんはどうした?」
「町内会の集まり。遅くなるから出先で食ってくるって」
「妹は? 最近料理始めたって言ってなかったか?」
「高校の修学旅行で、今いないんだ」
「ふたりともか?」
「うん」
 美月もまた数年前に母親を亡くしていた。美月には姉がいるが、その姉はすでに他所へ嫁いでいる。母親が亡くなってからは必要にかられて台所にたつようになった妹たちはふたりともに留守とあっては、美月とて独身ひとり暮らしのスメラギとかわりない。だが、スメラギと美月には決定的な違いがあった。
「女は? つくってくれる女ぐらい、いんだろ?」
「今はいないねえ」
 美月はふいと横をむいてしまった。美月はもてる。美月とは中学時代からの知り合いだが、その頃から美月は彼女という存在を欠かしたことがない。背が高く、柔和な面立ちで、やさしい物腰だから女の方が美月をほうっておかない。同じ背が高いのでも、スメラギとは大違いである。スメラギとだけは女の話はしまいと決めているかのように、この手の話になると美月の口は重くなる。それを知っていながら、スメラギはわざと話をふっかけるのが常だった。
「この間、みかけた女は?」
「もう終わったんだ……」
 一週間前、スメラギは女づれの美月をみかけた。3か月前とは違う女だった。もてる美月だが、もてるからこそだろうが、関係が長続きしたためしがない。
「お前なあ……お前みたいなんが女とっちまうから、こっちにまわってこねーんだよ。少しはこっちへまわすようにだな」
「スギさんに?」
 向き直った美月の目が大きく見開いていた。スメラギに女を紹介するなど、おもいつきもしなかったと言わんばかりの驚きようである。
「嫌だね」
 美月の物言いははっきりしていた。冗談にしてはやや険のある声音だった。
「スギさんには絶対女がいかないようにしてやる」
 そう言い放って美月はそっぽをむいたが、口元が少しほころんでいた。幼馴染のスメラギにだけ彼女ができないようにする企みが楽しくて仕方ないと笑いをかみ殺しきれずにいるらしい。
 食べ物を粗末にするなとおかみに叱られるのを承知で、サトイモのひとつでも投げつけてやらないと気がすまないと一番大きなイモをさがしていると
「ああ、鴻巣さんだ」
 スメラギに横顔を向けたまま、美月がふとつぶやいた。その視線の先には天井から吊られたテレビがあった。
「誰だって?」
 つられてテレビ画面を見上げるスメラギの目に、緊張した面持ちの四十がらみの男の顔がうつった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 1-2

 警視庁捜査一課刑事、鴻巣一郎とは、とある事件を通して知り合った。時効の迫ったその事件をどうしても解決したいと鴻巣はスメラギを頼ってきたのだ。スメラギは表向きは浮気調査などを行う探偵稼業を営んでいるが、その裏では自身の特殊な才能を生かした仕事を請け負っている。
 スメラギは霊がみえる。生まれついての白髪はその特異体質と何か関係があるのかもしれない。霊視防止用にあつらえた紫水晶のメガネをかけていない限り、スメラギには、霊が生きている人間と何ら変わりない姿で見える。味噌汁をすすろうとしてくもったメガネをはずしたスメラギの目には、入り口近くの席につく老人の姿が見えている。上品な様子の老人は厨房の奥をみすえてじっとしている。テーブルの上には何も置かれていない。おかみはさきほどから近くを行ったり来たりしているが、注文をとる様子もなく、老人を無視し続けている。それもそのはず、おかみには老人が見えないのだ。
 霊のみえるスメラギは、この世に未練ある霊たちの心残りを解消し、成仏させる仕事に携わっている。鴻巣は、殺人事件の被害者の霊と話をして犯人を割り出してもらえたらとの依頼をもちこんできた。彼との付き合いはそれ以来である。その事件、子どもを含む一家全員が殺害され遺体の一部が持ち去られた富士見台一家殺人事件は思わぬ展開をみせ、もうひとつの未解決事件を生み出した。当時、富士宮署の刑事だった鴻巣は、現在は引き抜かれて警視庁の捜査一課刑事である。
 スメラギの知る鴻巣は、四十を少し過ぎた疲れた中年男だが、テレビにうつっている鴻巣は肌の艶もよく、心なしかふくよかで健康的にみえる。いつもはアイロンもろくにあてていないシャツに申し訳程度にネクタイをしめているだけだというのに、今日に限ってノリのきいた白いシャツにきちんとネクタイをしめ、地味だが清潔感のあるスーツを着ている。公務員らしいかっちりとした格好だが、シャツのすぐ下に抜き身の剣を抱えているような刑事独特の鋭さは隠し切れずにいた。
 鴻巣が出演しているテレビ番組は、未解決事件への情報提供を求めるという趣旨のものだった。事件発生から時間を経るにつれ、人々の関心は薄れ、記憶もあやふやになっていく。今一度、事件当時の記憶を呼び覚ましてもらおうと、事件のあらましを再現ドラマで説明し、解決につながる情報の提供を視聴者に呼びかけるという番組構成だった。鴻巣は、富士見台一家殺人事件と、事件関係者が殺害されたもう一つの事件との二つの事件の担当刑事として、どんなに些細な事柄でも構わないから情報を寄せてほしいと緊張した面持ちで懇願していた。
 情報を受け付けている電話番号のテロップが流れ、画面はコマーシャルに切り替わった。とたんにスメラギのケータイが鳴った。出てみれば、それはさっきまで画面を通して見ていた鴻巣からだった。
「おい、どうだったよ」
 鴻巣の声がいつになく上ずっている。上気した顔いろが容易に思い浮かんだ。
「様になってたぜ、頭下げるのが」
「何でもいいから、情報くださいって言って頭下げてこいって上から言われてきたからな」
「おっさん、化粧してたろ」
「テレビに出るってんで、なんか、塗りたくられちまってよぉ」
 生放送のテレビ番組に出演したとあって興奮気味の鴻巣とスメラギとが中学生同士のようなやり取りをしている間に、コマーシャルが終わり、番組が再開した。
 スタジオのセットで、司会役の男性タレントが次の事件を紹介している。画面は再現ドラマに切り替わった。その事件は幼児失踪事件で、通称「深山(みやま)の神隠し事件」として知られていた。
 7年前の8月、村上勇樹ちゃん(当時3歳)は、近所の子どもたちとそろって帰宅した。じきに昼食だからと玄関先の勇樹ちゃんにむかって声をかけ、母親は台所に引っ込んだ。昼食のそうめんを手に居間にやってきた母親は勇樹ちゃんがいないと気づいた。その間、わずか数分である。不思議に思い、母親は勇樹ちゃんを捜したが庭にも家のどこにも勇樹ちゃんの姿は見当たらなかった。
 自宅周辺に他の民家はない。村上家は人里離れた場所にぽつんと立つ家だった。一緒に遊んでいた近所の子どもたちの家まで、大人の足でも十五分はかかる。勇樹ちゃんの姿が見えないと知ると、母親は慌てて子どもたちの後を追った。走っていったのと、子どもたちが道草をしていたのとで、母親はすぐに彼らの背中に追いついた。母親は勇樹ちゃんが追いかけてきやしなかったかと尋ねたが、誰も勇樹ちゃんを見たものはいなかった。周囲は見わたす限りの野菜畑で視界は開けている。母親は子どもたちの後を追いながら道々勇樹ちゃんの姿を捜してきたのが、子どもが隠れるような場所はなかった。自宅に戻った母親は、今度は庭の片隅にたつ蔵の中をさがした。常に鍵をかけてあるのでまさか蔵には入っていないだろうと一旦は無視したものの、やはり気になったらしい。この蔵はその後、捜索の対象となった場所だったが、勇樹ちゃんは発見されなかった。
 ところで、自宅の裏には一家が所有する山林があった。勇樹ちゃんの自宅付近一帯にはかつて深い森の山々が連なっていたが、伐採と開発が進んだ現在は、地名としての深山(みやま)が残るばかりである。
 山とはいうものの、それほど高さはなく、せいぜい勾配のきつい坂道が続き、ところどころに樹木が茂っているといった程度のものだった。とはいえ、幼い子どもが入ったら迷うのは必至の場所には違いない。実際、勇樹ちゃんが行方不明になる1年前にも幼い男の子が付近で姿を消していた。
 母親ははじめ、勇樹ちゃんはこの裏山へ迷いこんでしまったかと疑い、とっさに縁側から山への入り口付近に視線を投げかけたが、遠目にも勇樹ちゃんの姿は確認できなかった。自宅と裏山とは少しばかり距離がある。子どもの足ではそうは遠くへ行けない。もしも勇樹ちゃんが裏山へ向かっていたとしたら、家にいないと気づいた母親が庭先から裏山の方向を見た時点で勇樹ちゃんの姿を目にしていたはずだった。それだけの時間と距離の余裕があった。にもかかわらず、勇樹ちゃんの姿はなかった。それで、母親はもしかしたら近所の子どもたちの後を追いかけていったのかもしれないと思い、慌てて家を飛び出したのだった。
 母親が昼食を用意していた数分の間に、勇樹ちゃんは自宅から忽然と姿を消してしまった。事件が神隠しと呼ばれる所以である。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 1-3

 再現ドラマが終わった。画面はスタジオに切り替わり、さっきまで鴻巣がいた場所には勇樹ちゃん失踪事件の担当刑事が座り、どんな小さな情報でもいいいので寄せてほしいと鴻巣同様に深々と頭を下げた。男性司会者が情報を受け付けている電話番号を案内すると、カメラがスタジオ内にあつらえられたテレフォンブースを映しだした。新人らしき若いアナウンサーが緊張した面持ちで失踪当時の勇樹ちゃんの服装を紹介し、画面はイラストで描かれた勇樹ちゃんの姿に切り替わった。赤い無地のTシャツに、モスグリーンのショートパンツ、靴は当時はやっていたアニメのキャラクターがプリントされたものをはいている。画面の片隅にはふたつの顔写真が並んでいた。勇樹ちゃんと、勇樹ちゃんの兄のようにみえるその写真は、失踪当時の写真と、成長した現在の想像図とを並べたものだった。画面は再びテレフォンブースにかわり、アナウンサーが番号を復唱する。その背後で、オペレーターたちが次々となる電話を取っていた。
「で、どうなんだよ。情報ってのはきてんの?」
 スメラギは鴻巣の頭を下げた結果を尋ねた。
「いたずらがほとんどらしいぞ。それでもこっちは仕事柄、無視できねえけどな。たまに使い物になる情報ってのがまぎれているらしいが、それを見分けるのが一苦労なんだって。まあ、俺の担当事件に関してはお前も知っている通り、寄せられる情報の十のうち十がガセだけどな」
 富士見台一家殺人事件は犯人逮捕に至らないまま時効を迎えてしまった。引き続いて起こった被害者遺族の殺人事件でも同じように遺体の一部が持ち去られた点から、当局では同一犯による犯行と断定し、事件を追っている。だが、スメラギも鴻巣も、犯人は決して捕まらないだろうと知っている。二つの事件の犯人は別人である。富士見台一家殺人事件に関していえば、犯人は死亡している。この事実を知っているのは、スメラギと鴻巣だけだ。二つ目の事件の犯人については、鴻巣は何の見当もついていないが、スメラギはその正体を知っている。鴻巣とスメラギだけが知る、二つの事件の犯人は別人という真実は世に出せないので、表立っては鴻巣も同一犯として追っているようなポーズを取ってみせるしかなかった。
 コマーシャルがあけた。スタジオの男性司会者のすぐ隣には若い男が座っている。黒いシャツに黒い光沢のあるネクタイをしめ、スタジオ内だというのにサングラスをかけている。全身黒ずくめの服装のせいで、肩までの金髪がひときわ輝きを増している。
 画面には彼の名前と肩書きが表示されていた。

 スピリチュアルリーダー
 東雲青竜(しののめ せいりゅう)

「霊能者ぁ? んなもん、インチキだぜ」
 鴻巣と話しているスメラギの声が裏返った。スタジオにいる鴻巣から男についての詳しい紹介があった。夏休みの間中、各局で放送されていた心霊スポットめぐりだの、心霊写真を検証するテレビ番組で霊視能力をひけらかし、中性的で妖艶な外見のおかげもあって一躍時の人となった人物だという。
「じゃあ、おメェは何だってんだよ。霊能者じゃねぇのか? 霊がみえんだろ?」
「俺の他に霊視ができるやつがいたっておかしかねぇが、テレビに出るような奴らなんざ、全部ウソもんだぜ。最近、近しい人を亡くされましたねとかなんとか口火を切って、それでカモがほいほい『ええ、母が』とか何とかしゃべり始めたら、後から『実はお母さんの霊がさっきから私に話しかけてきて』とか言うんだぜ。見えてるなら、最初っから、あんたのおっかさんが、って言えるじゃねえかよ。それができないってことは、見えてないからっつーわけで、んなもん、霊能者でも何でもねえって」
 専門用語ではコールドリーディングという。あらかじめ、いくつか普遍的な質問を用意しておき、対象者に投げかけていく。たとえば、「身近に亡くなった人がいますね」と質問されたら、対象者は思い当たる人物を思い浮かべる。大抵の人間は、誰かしらを失っている。「はい」と答える。その際、「はい」という回答だけではなく、「叔母が亡くなって」などという情報が得られたらしめたものである。対象者の年齢などから叔母の年齢は推測できるし、その後のやりとりから関係の深さなども推し量ることができる。後ははったりで「~ですね?」「~ではありませんか?」と語尾をあげての会話を続ければいい。まぐれあたりなら相手は驚くし、外れたとしても「いいえ、××です」と相手の方が次につながる情報を口にする。このトリックは占いにも用いられている。若い女性なら、悩みは十中八九、恋愛だろう。「彼とうまくいっていませんね―」(うまくいっていたら誰かに相談しようなどとは思わないはずだ)口火を切るのはこの一言で、後の火は相手が勝手に燃やしてくれる。
 いかにインチキ霊能者が世の中で幅をきかせているかをスメラギが鴻巣相手に延々と語っている間中、生姜焼き定食に手もつけずに画面に見入っていた美月だったが、突然、ケータイ片手のスメラギの袖を軽く引いた。
「あんだよ?」
「この男、スギさんと同じこと言ってる――」
 東雲青竜はサングラスに手をやっている。司会者をはじめ、ゲストやスタジオ観覧客の視線はそのサングラスにむけられている。
 東雲青竜の説明によれば、サングラスにみえたその丸メガネは黒水晶を磨いたもので、霊視を防止するためにかけているのだという。
 スタジオに霊がいるかと司会者にきかれ、東雲青竜はメガネをほんの少し鼻の下にむかってずらしてみせ、「いますね、だからかけてないと人間をみているのか霊をみているのか判断がつかない」と言った。とたんにスタジオ中にどよめきがわき起こった。スタジオのどこに霊がいるのか、もしかして自分のすぐそばにいやしないかと、誰もがそわそわと左右を見回したり、背後を振り返ったりと落ち着かない様子でいる。
 司会者やゲストたちは、メガネを外した東雲青竜の目元に注目していた。それはカメラの向こう側にひかえる視聴者たちも同じだっただろう。視聴者の要望を受けたかのようにカメラは東雲青竜の顔をアップに映し出した。長い金髪とは対照的に黒々とした眉毛は丁寧に整えられており、目元は、瞳の色と同じ青色のアイシャドウに黒のアイラインで縁どられ、妖し気な雰囲気をかもしだしている。目立つようにと髪は染めたもの、青い瞳もコンタクトレンズなのだろうが、それにしては透明度が高く、瞳の放つ煌めきが自然でまっすぐだった。
 スメラギは、東雲青竜に本当に霊がみえているのかどうかを見定めるように画面に食い入った。
 スメラギが知る霊能力者はすべて、皇(すめらぎ)家の人間に限られる。父、慎也はもちろん、その父、そのまた父と、霊視能力は皇の血に深く潜み、子に孫にと受け継がれている。そういう血が他に流れていてもおかしくはない。霊視能力をもつ人間には、霊は生きた人間と変わりなく見える。霊を見ているとは気づかず、霊能力者としてではなく普通に生活している人間もいるかもしれない。霊視能力を持って生まれたスメラギは、紫水晶で作られたメガネをかけていないと生きた人間と霊との区別がつかない。
 霊がどのようにこの世に存在しているかについては、見えている人間にしかわからない。生きている人間と変わりない姿でいると言い切った東雲青竜は、ひょっとすると自分同様、“本物”の霊能力者なのかもしれない。仲間であるかもしれないとおもうとスメラギは肌の粟立つほどの興奮を感じずにはいられなかった。
 司会者に促され、東雲青竜はスタジオでの霊視を始めた。まだ若い、二十代前半ぐらいの女性をじっと見ていたかと思うと、東雲青竜は「最近親しい人を亡くされましたね」と言った。女性は眉をひそめ、「ええ」とだけ答えた。どうやらコールドリーディングを警戒し、身構えているようである。東雲青竜はかまわずに質問を続けた。
「随分と親しい仲でしたね」「男性。亡くなったのは、そう、この半年の間?」
 だが女性は言葉少なに「ええ」と返事するだけだった。あまり語りたくないことなのか、心を閉ざしているようでもある。
「その方ですが、今、あなたのそばにいますよ」と東雲青竜が言うと、スタジオ中がざわついた。女性は思わず自分の背後を振り返った。
「その方からのメッセージです。自分を責めることはない。君は自分の幸せを求めてほしい。そうでないと安心してあの世にいけない。それから、指輪を身につけるのはやめて、海でも流してくれと言っています。海での事故だったんですね。波が……ずい分高い……ああ、サーフィン」
 とたんに女性は泣き崩れ、堰切ったように話し出した。亡くなったのは恋人で、サーフィンをしていて高波にのみこまれてしまったのだという。そろいで買った指輪を、女性はペンダントとして常に身につけていた。女性が胸元からその指輪を取り出して見せると、カメラが寄っていった。
「彼は本物の霊能者かなあ、スギさん。スギさんにも彼女の恋人の霊がみえるかい?」
「霊ってのは、テレビにはうつんねえからなんとも言えねえなあ」
 ケータイの向こうの鴻巣からも同じ質問をされ、スメラギは美月にも鴻巣にもこたえたととれる返事をした。
 東雲青竜には見えたという、若い女性の恋人の霊がスメラギには見えなかった。目には生きた人間と変わりなく見える霊はしかし、テレビなどには映らないので、東雲青竜が霊能者であるかどうかの判断は保留となった。
 仲間を失って落胆したというと奇妙になる。東雲青竜がスメラギと同類であるかははっきりしなかったのだから、そもそも仲間を得てはいない。それでも、手にしたとおもったものが指先をかすめていってしまったさびしさをスメラギは感じずにはいられなかった。
 司会者がコマーシャルがあけに東雲青竜が勇樹ちゃん失踪現場を霊視と予告し、画面はコマーシャルに切り替わった。一分もしなかったはずのコマーシャルだが、スメラギにはやけに長く感じられた。いつの間にか、よろずの他の客たちも口は動かしながら目はテレビにくぎ付けになっていた。
 コマーシャルがあけた。勇樹ちゃん失踪事件を再びざっとふりかえり、画面はスタジオから失踪現場となった勇樹ちゃんの自宅へと切り替わった。
 自宅周辺に他の民家は見当たらない。秋の日の落ちは早い。撮影のためのライトがなければ自宅の裏にある山林は、たちはだかる深い闇の塊としか見えなかった。テレビクルーの一行はライトを手に山の奥へと進んでいった。東雲青竜が先へと促したからである。東雲青竜によれば、やはり勇樹ちゃんは山へと入って行ったのだという。だとすればその姿を母親が見ているはずの矛盾点については誰も指摘しなかった。
 スタジオから東雲青竜は現場のクルーたちに行き先を告げた。「右へ――」「左へ――」。彼は、山にさまよう霊たちから情報を得て当時の勇樹ちゃんの行方を追っているのだという。やがて見えてきた「私有地につき立入禁止」の看板をクルーたちが通り越すと、東雲青竜はさらに先へ進むように指示した。
 一行は先を急ぐ。看板からほどなくして広場のような場所に出るはずだと東雲青竜は予告していた。一行はその場所を目指している。落ち葉を踏みしだく乾いた足音と虫の音、現場の様子を伝えるリポーターの男性の押し殺した声以外に何も聞こえない。撮影ライトの光が闇を切り裂き続けていくこと数分、突然林が途絶え、一行は広場に行き当たった。まるで木々がそこだけむしりとられたような空間ができている。雲間からの月の光がそこだけ強くあたっていた。どうやらそこが東雲青竜のいう“広場のような場所”であるらしい。
「そこに勇樹ちゃんは眠っています――」
 ワイプ画面でうつっている両親の顔がこわばった。
 画面はいきなりコマーシャルに切り替わった。スメラギの気のせいなどではなく、今度は本当に長い間コマーシャルが流され続けていた。同じ清涼飲料水のコマーシャルが間にスポーツクラブのコマーシャルを挟んで三度流れ、その局でこの秋から始まるというドラマの宣伝が立て続けに二度流れた後にようやく番組が再開した。
 画面にはスコップで地面を掘っているスタッフたちの姿が映しだされた。その様子をリポーターが小声ながらも滑舌よく伝えている。ワイプ画面にはスタジオにいる東雲青竜、自宅にいる勇樹ちゃん両親とがかわるがわるに映し出されていた。東雲青竜は自分の仕事は終えたとばかりに両目をかたく閉じて微動だにしない。勇樹ちゃんの両親は固唾をのんで現場の様子を見守っている。
 突然、地面を掘っていたスタッフのひとりの動きが止まった。スコップの刃先に何か感触を得たようで、声をあげて人を呼んだ。とたんに他のものは作業の手を止め、声をあげたスタッフの周りに集まった。揺れ動いていた画面がようやく落ち着いたかとおもうと、その中心にはどすぐろい地面が映し出された。掘り返されたばかりでしっとりと艶めいた地面の底に、かすかに白いものがみえていた。スタッフのひとりが底にかけおり、素手で丁寧に白いものの周囲をかきだしはじめた。底を見下ろすスタッフやリポーターたちの姿が画面のはじにうつっていたが、リポーターはもはや語ることをやめて黙りこんでしまっていた。深い秋の夜に、求愛の虫の音ばかりがかまびすしい。
 やがてほりかえされたものは、小さな人間の頭がい骨だった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 2-1

 夜が明けるなり愛車のビートルを飛ばすこと数時間、スメラギと美月は、霊能者と称する東雲青竜の霊視によって白骨死体がみつかった山林にたどりついた。霊視によって遺体が発見されたとあって、勇樹ちゃんの自宅や遺体発見現場となった山林の付近はマスコミ関係者でごったがえしている。砂糖にむらがるアリのごとくの彼らを横目に、スメラギと美月は山へと分け入っていった。
 山林は、勇樹ちゃんが失踪した当時、捜索の対象となった場所だった。母親も、勇樹ちゃんは裏山へ迷いこんだのではないかと恐れ、真っ先に目をむけた場所だったが、近所の人々や警察によるその後の捜索でも、勇樹ちゃんは発見されなかった。
 勇樹ちゃん失踪事件は、通称「深山の神隠し事件」として知られている。深山と呼ばれる勇樹ちゃん自宅の裏山付近では、勇樹ちゃんの事件以前にも不可解な事件が続いていた。裏山付近をうろついているのを目撃された人々がその後行方不明になるというもので、秘かに神隠しではないかと噂され、山林は神隠しの森と呼ばれて恐れられていた。
 勇樹ちゃん失踪事件も他の行方不明事件同様、神隠しにあったのではないかと地元では囁かれていた。もちろん、神隠しにあったのだという非現実的な説を警察は支持しない。だが、勇樹ちゃんを含め、行方不明者たちの消息は一向に知れなかった。
 昨日の生放送番組で白骨死体がみつかるまでは――

「数珠、この先、何があっても外すなよ」
 山へ一歩足を踏み入れたとたん、スメラギは美月の左手首をつかんだ。
「わかった」
 スメラギの手を払いのけた美月の手首に、水晶の数珠があらわになった。美月の家系は霊媒体質だ。美月家の女にしかあらわれないその体質が、美月の代に限っては男の美月に出た。数珠はふいの憑依を防ぐ護符である。
 スメラギの父親と親友だという美月の父親から、スメラギは美月を守るよう言い含められている。「拓也くんは霊が見えるんだから、龍之介に憑依しようとするよからぬ霊を見かけたら即刻退けるように」と事あるごとに言いつけられ、「もし龍之介を守れなかったらただじゃすませないから」と脅されてもいる。恐ろしい剣幕でまくしたてられるのではなく、笑顔で言われるものだからかえって恐怖心がわきたってしまう。美月の父親だけでなく、何かと世話を焼いてくれた美月の母親も、美月の憑依に関しては父親同様、笑顔でスメラギにプレッシャーを与え続けたものだった。
「でも、俺が頼む奴だけ乗っけてもらうかもしんねえから」
「スギさんの頼みなら断れないねぇ」
 霊の心残りを解消するため、スメラギは美月の体を借りることがある。肉体をもたない霊の心残りは時に肉体の存在を必要とする場合があるからである。美月に霊を憑依させているとは、スメラギと美月だけの秘密だった。霊の心残りを解消する裏稼業において、美月はスメラギの良きパートナーだった。
「勇樹ちゃんの霊体を僕に乗せるつもりかい?」
「まあ、な」
 山に入ったときから、スメラギは霊視防止のメガネを外している。スメラギは、東雲青竜が“みた”という勇樹ちゃんの霊を捜していた。
 両親の心情を慮って、山にさまよう霊たちから情報を得ていると嘘をついたが、実は始めから勇樹ちゃんの霊とだけやりとりをしていたと東雲青竜は告白した。その様子はテレビには映っていなかった。スタッフのひとりが頭がい骨を手にしたとたん、スメラギたちがみていたテレビ画面はコマーシャルに切り替わった。コマーシャルがあけると、何の前振りもなく未解決事件の再現ドラマがはじまった。その間、スタジオは大混乱だったのだと、スメラギはスタジオにいた鴻巣から聞いて知っている。プロデューサーらしき人物が司会者と長いこと話し込み、東雲青竜は勇樹ちゃん両親にむかって、勇樹ちゃんの霊がみえたので亡くなったのはすぐにわかったが、どう伝えたらいいかわからず、こういう形になってしまったと詫びたのだという。
 その話を鴻巣から聞いて、スメラギは疑問を抱いた。
 霊はテレビには映らない。スタジオにいた東雲青竜に、神隠しの森にいた勇樹ちゃんの霊が見えたはずがない。勇樹ちゃんの霊がスタジオを訪れ、東雲青竜に接触したというのなら話は別であるが、その可能性は限りなくゼロに近い。
 となれば、東雲青竜が勇樹ちゃんの眠る場所を知り得たのは、事前に神隠しの森を訪れ、勇樹ちゃんの霊に接触してということになる。東雲青竜が本物の霊能者であれば、の場合の話であるが。
 しかし、東雲青竜が偽の霊能者であれば、どうやって勇樹ちゃんの遺体のある場所を知り得たというのか。やはり、本人が言うように、勇樹ちゃん本人から聞いたとしか考えられない。
 番組が終了し、六畳一間のアパートに帰って万年床に横になったものの、スメラギは東雲青竜のことを考えて寝付けなかった。
 東雲青竜は果たして自分と同じ霊視能力をもつ人間なのかどうか。彼の霊視能力には疑わしい部分がある。しかし、霊視能力なくしては勇樹ちゃんの遺体のある場所を知り得たはずがない……。考えは常に“だが”“しかし”の壁にぶつかり、東雲青竜が霊能者であるか否かの結論は堂々巡りを繰り返すばかりで、まんじりともせずに夜が明けてしまった。
 白む空を窓から眺めているうち、スメラギはあることを思いついた。神隠しの森へ自ら出向き、勇樹ちゃんの霊に接触しよう。勇樹ちゃんの霊がいれば、東雲青竜の霊視能力は本物だ。この世に留まっているのは未練があるからだろうから、美月も連れていってついでに勇樹ちゃんの心残りも解消してやろう。もし、勇樹ちゃんの霊そのものが存在しなければ、東雲青竜は偽者の霊能者だ。どうやって遺体のある場所を知ったのかについての疑問は残るものの、その点は無視するとして、東雲青竜が霊能者であるかどうかについては一応の判断がつく。
 神隠しの森でさがしているのは勇樹ちゃんの霊には違いないが、その実、東雲青竜が霊能者であるかどうかの証拠をスメラギは得ようとしていた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

神隠しの森 2-2

 昼近くだというのに、山を行く足元は薄暗い。樹木はまばらにしげっている程度なのだが、常緑樹の今も葉のしげる枝が互いに重なり合って日の光をさえぎってしまっている。森はうっそうとして空は欠片ほどにしかみえず、どこか不安を思えずにはいられない。
 地元の人々が神隠しの森とおそれる深山の林の中をスメラギは迷いなく先へと進んでいった。
「スギさん、前にここに来たことがあるみたいだ」
 来た道を確かめるように不安げに何度も後ろを振り返りつつ、後を追う美月の呼びかけにスメラギはこたえなかった。
 美月の鋭い指摘通り、とある用件でスメラギは何度か神隠しの森を訪れていた。森を彷徨う霊たちに接触したことも一度や二度ではない。スメラギが足を踏み入れるなり、むこうから接触してくるはずの霊たちが、今日に限ってスメラギを無視し続けていた。霊がいれば凍てつくはずの空気だが、感じるのは肌に少し重くのしかかってくる湿気で、刺すような冷たさはない。
 マスコミや警察関係者が大挙して押し寄せたものだから、奥へと姿を隠しているのだろうとスメラギはこの時はそれほど不審にも思わなかった。
 やがてスメラギと美月は、頭がい骨が発見された広場のような場所へとたどりついた。関係者以外の立ち入りを禁ずるテープが張られ、警察関係者がせわしなく出入りを繰り返している。その周囲をマスコミ関係者が取り囲んでいた。その現場を横目に、スメラギは美月を促して先へと進んだ。
「スギさん!」
 美月のいつになく緊張した声に、先を行っていたスメラギは飛ぶようにして引き返した。美月は踏み出した右足の爪先を少しあげた格好で身動きせずにいた。まるで歩き出そうとして金縛りにあったかのような様子である。スメラギが戻ってくると、美月は見ろとばかりに目線を足元に向けた。
「あんだよ」
 しゃがみこんで美月のあがった爪先の下をのぞきこむと、白いものがみえた。つるりとした表面は球体の一部を思わせる。スメラギは美月の足をどかし、そばにあった木の枝を使って針状の無数の落ち葉をかきわけた。ほりだしてみれば、それは直径三センチほどのキノコの頭頂部だった。
「なんだ、キノコか」
 どうやら美月は人骨かもしれないと怯えていたらしい。キノコとわかって安心したのか、美月はためらいなく地面からほりだして手のひらの上にキノコの傘の部分を転がした。
「おい、大丈夫か、素手でさわって。毒キノコかもしんねーし」
 やや茶色味を帯びているのは汚れなのか、そういう模様なのか判別がつきかねた。毒キノコにしては地味な色合いだが、スメラギは首をのばして美月の手のひらをのぞきこむばかりで、両手を後ろ手にいつでも逃げ出せる体勢を保っていた。
「毒キノコではありませんよ。それはマツタケです」
 女の声だった。姿の見えなかったはじめ、スメラギは木に話しかけられたのかとおもわず林の奥をみやった。その奥から、まるでそれまで木に化けていたといわんばかりにすらりと背の高い女が足音ひとつたてることなく姿をあらわし、すうっとスメラギたちのそばに寄ってきた。あまりの静かな所作に、スメラギは霊体かと疑った。森に入ったさいに外していた霊視防止のメガネをかなおして生身の人間であると確認しなければならなかったほど、女には生気が感じられず、存在が透き通っていた。
「山内和泉(やまうちいずみ)といいます。よくみつけられましたね、マツタケ。普通、素人には難しいんですけど」
 フリーライターという肩書きと連絡先の記された名刺を美月の手に置き、山内和泉は美月の手のひらで転がる傘を指先でもてあそんだ。白くて細い指先だった。指先だけではない。手も顔も抜けるように白い。目の上で切りそろえられた前髪も腰までまっすぐにのびた髪も炭のように黒く、黒のパンツスーツ姿と相まって本来の肌の白さをさらに際立たせていた。フリーライターというからには、勇樹ちゃんの事件の取材で山を訪れているのだろう。足元が山の散策には不都合なパンプスだった。
「傘の部分だけもいでしまったんですね。採るのにもコツがあるんですよ」
 山内和泉は辺りをぐるりと見渡したかとおもうと、スメラギの背後にむかって歩きだした。数歩いったところで山内和泉は足をとめ、地面にしゃがみこんだ。腰まである長い黒髪の毛先が地面にさらさらと流れおちた。スメラギと美月には、落ち葉重なる地面としかみえないその場所を、山内和泉は今にも折れそうな細い指先でかき乱し、マツタケを探しあてた。
「根元からそっと引き抜くんです」
 山内和泉の手のひらにはおなじみのマツタケの姿があった。
「やあ、マツタケだ!」
 めったに口にしない高級食材を採ったとあって、美月がいつになく興奮した声をあげた。
「私たちが知っているマツタケは傘が開ききっていない状態のものなんです。傘が開いているとマツタケとは思えなくて、何のキノコだろうって思いますよね」
 美月がコクコクと首を縦に振った。
「マツタケって、こんな簡単に採れるものですか? 人里知れない山奥のそのまた奥でしか採れないものかと思っていたのですが」
「条件さえ整えばいいんです。適度な湿度などの。マツタケはアカマツの森を好みます。ここいらもアカマツばかりでしょう?」
「でも今は9月ですよね? マツタケが出回りはじめるのはたしか10月ごろ。少し早くないですか?」
「山の上は気候が1か月、麓付近よりも早いんですよ。これからが季節ですから、採り放題ですね」
 “採り放題”と聞いたとたん、あたりに素早く目をやった美月だった。だが、偶然手にした以外に、マツタケの姿はみあたらない。採るにもコツがいると山内和泉が言ったその真意は、探しだすにもコツがいるという意味だった。
「あまり奥へいかないでください。ここらでは熊がでるんです」
 山内和泉と別れてさらに奥へ足を進めようとするスメラギたちに、山内和泉は警告を発した。
 熊と聞いて、まず美月の足が止まった。
「熊?」
 聞き返すスメラギにむかって、山内和泉はマツタケを探した時と同じようにあたりを見回したかとおもうと、やがてとある木のもとへと二人を導いた。
 その木、やはりアカマツの木の幹にはひっかいたような不自然な傷があった。四本の平行線がスメラギの目の高さほどの場所にまっすぐに刻まれている。
「へえ、熊ねえ……」
 スメラギは手をのばし、熊の爪痕だというそのひっかき傷に触れた。スメラギの身長は180センチ弱だから、その目の高さに位置する傷は地面からは170から175センチほどの高さにある。
「襲われたら、たまったもんじゃねえなあ」
 傷は木の幹を深くえぐっていた。木の皮より薄い人間の皮膚を切り裂くなど容易だろう。ひょっとしたら皮膚を突き抜けて骨を削ることもあるかもしれない。
「熊の方から人を襲うことはありませんよ」と、山内和泉は言った。
「でも、襲われたというニュースを耳にしますよ?」と、美月がきいた。
「熊も人間が怖いんです。だから、人に出くわしてしまうとパニックに陥ってしまうんです。怖い、あっちへいけって」
 山内和泉は両手を車輪のようにまわしてみせた。その動作は人間が行えば滑稽だが、熊の場合は鋭い爪が凶器となるだろう。
「熊にこちらの存在を知らせておくために、山に入るときには鈴をつけるんです。俗にいう、熊鈴です。最近はラジオなんかを流したりするそうですけど。おふたりは何か大きな音のでるものをお持ちですか? これ以上奥へすすまれるのなら、何かもっていた方がいいと思いますけど」
 山内和泉の忠告に礼を言い、スメラギは森の奥へと進んでいった。足元で落ち葉の崩れる乾いた音がたったが、熊にこちらの存在を知らせるほどの迫力はとてもない。その後を、脅えたように背を縮こませた美月が追った。

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神隠しの森 2-3

「スギさん。思ったんだけど、神隠しと言われている行方不明事件が続いているのは、ひょっとして熊に襲われたのじゃないかな」
「可能性は否定できねえけどな……」
 美月の熊襲撃説に納得しかねると言わんばかりに首をかしげたスメラギの正面を、黒い影が横切った。とっさに横にいる美月をふりかえるが、美月は気づいていない。スメラギにしか見えていないその影は、木々の間を縫って立ち去ろうとしていた。
「おい、待ちやがれ!」
 勇樹ちゃんの霊だと、とっさにスメラギは駆け出し、影の後を追った。
 木々の間を素早く駆け抜ける影を捕まえてみれば、その正体は死神だった。
「なんだ、お前か」
「何だ、ハリセンボン」
 死神はスメラギをハリセンボンと呼ぶ。スメラギの短く立った白髪がそうみえるところからきている。スメラギは死神を葬儀屋と呼ぶ。黒のスーツに黒のネクタイと、葬儀屋の出で立ちそのままの呼び名だ。
「こんなところで何してんだ、葬儀屋」
「死神の仕事に決まっている。魂の回収だ。今月はノルマがきついんだ。ここに集まってる連中を引き上げてやっとノルマ達成だ」
「まーた夜摩のきまぐれか、勘弁してくれだな」
 死神は、死人の魂を地獄へ連れていく仕事をしている。地獄では閻魔王こと夜摩が待ち構えていて、生前の行いによって転生、天国または地獄の死後の行く先を決める。とはいうものの、死後の行く先は予め決められて、鬼籍というデータベースに記録されている。だが、地獄に落ちると決まっているものでも、天国行きと“決まる”場合がある。地獄の沙汰は金次第なのである。夜摩に金を積めば、予定はいくらでもひっくり返る。
 死んだ直後の魂を引っ立てていく仕事の他に、死神は地獄を抜けだしたり、死んだと知らずにこの世をうろつく魂を回収している。それらの死者の数は月ごとに決められていて、死神はそのノルマを達成しなければならない。時に夜摩はとんでもない数の死者の霊を要求する。そんな時、死神は心霊スポットなどを訪れ、大量の霊をかっさらっていく。彼らのうち、この世に未練があるとして死神の手を逃れようとするものを、死神はスメラギのもとへと連れてくる。きれいさっぱり心残りを解消してもらい、楽にあの世へ連れていくためである。この世に未練のある霊ほどめんどくさいものはないと、死神は常日頃ぼやいている。
 スメラギもまた、夜摩に、心残りを解消した霊を連れてこいと言われることがある。そんな時に手っ取り早く霊を探しあてることのできる場所が、いわゆる心霊スポットだった。霊たちもひとりだと寂しいと感じるらしく、たまり場のような場所がいくつか存在する。深山の神隠しの森は、スメラギが知っているそんなスポットのひとつだった。
「ここにいた連中は全部引き上げさせてもらった」
 それでスメラギには合点がいった。いるはずの霊がまったくみえない。死神がすでにあの世へ連れて行ったからだった。
「おい、今全員っていったか?」
「一人残らずだ」
「……回収したのはいつだ?」
「昨日だ」
「昨日のいつだ? 何時何分?」
「なんだ、お前。小学生のガキか」
「いいから、昨日のいつだったか教えろよ」
 食い下がるスメラギにむかって、死神は腕の時計を確認する仕草をしてみせた。だが、その腕に時計はなかった。死神は時計などしないとスメラギは知っている。
「昨日の夕方だ。時間はわからん」
 未解決事件をつのる生放送の番組が始まったのは昨日の午後七時。勇樹ちゃんの事件をとりあげ、東雲青竜が失踪現場となった神隠しの森を霊視したのは確か八時を過ぎていた。東雲青竜は当日には勇樹ちゃんの霊をみてはいない。見えたはずがない。その時間には、勇樹ちゃんの霊を含むすべての霊は神隠しの森に存在していなかった。
「……今回回収したなかに子どもはいたか? 三歳ぐらいの男の子だ」
 東雲青竜が事前に勇樹ちゃんの霊に接触していたとしたら、死神が連れていった霊たちの中に勇樹ちゃんがいるはずだった。
「いなかった」
 死神は即答した。
 全員連れていったと言っているが、意外に適当な仕事ぶりの死神のことだから、勇樹ちゃんのような小さな子どもの霊を見逃してしまったかもしれない。
 東雲青竜は昨日以前に、勇樹ちゃんの霊と接触したのだろう、やはり彼は本物の霊能者かもしれないというスメラギの淡い期待はだが、死神の次の一言で打ち消されてしまった。
「子どもの霊なら何年か前に連れて行った」

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神隠しの森 2-4

 自分にしか見えない死神を追いかけ、熊の出没するという山に美月をひとり置き去りにしてしまった罰として、スメラギは昼をおごるはめになった。愛車のビートルを走らせるその帰り道、街道沿いに蕎麦屋をみつけ、そこらでは名物だという蕎麦を食べることになった。
 スメラギのおごりというので、美月はメニューから一番高い天ぷらそばを躊躇なく選び、二人前を注文した。
「お前……よく食うよな……」
 美月は学生時代から大食漢だった。そのくせ太らない。食べても太らない体質なのだという。中学、高校のバスケ部の練習後にはスメラギと連れだって近所の食べ物屋をはしごした。夕食前の話で、美月の母親が美月のためだけに五合は炊くという夕食は別腹であった。
「これでも食べなくなったほうさ」
 人のおごりだと余計に美味いらしく、美月は衣の音も軽やかに海老の天ぷらにかじりついた。懐具合を気にして味わっているどころではないスメラギだったが、蕎麦のつるりとしたのどこしのよさに思わず美味いとうなった。
「お蕎麦、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
 蕎麦湯をもってきた中年の女に美月は親し気に声をかけた。どうやら店のおかみだったらしく、美月の賞賛に気をよくしたのか話が弾んだ。
「ここいらは水がおいしいんですよ。だからその水を使って打つお蕎麦もおいしくなるんです」
 美月がおかみと蕎麦談義に花を咲かせている間、スメラギの目は店の入り口近くにある熊の剥製をとらえていた。
 熊は仁王立ちの姿勢で両腕をあげ、今にも襲いかかろうとする格好である。牙をむいて度胆を抜くばかりの迫力で、店に入ってくる客は剥製と気づかず、一瞬身構えてしまう。スメラギたちも店に入った時は驚かされた。
「入り口のあの熊の剥製、凄い迫力ですね」
「そうでしょう。あれね、うちのおじいさんが若かった頃に仕留めた熊なんですよ」
 いつの間にか、美月とおかみの会話は熊の剥製の話題にうつっていた。
「このあたり、熊がよく出んの?」
 二人の会話に唐突に割り入ったのはスメラギだった。
「昔はね、よく出たみたいですよ。この辺も昔じゃ森が深かったから」
「今は? 今も出る?」
「今は…どうでしょうね。10年くらい前に一時期、山に入った人が襲われたって話があったけど、最近は聞かないですからねえ、そういえば。開発が進んで、熊の方から逃げ出したのかもしれないねえ……」
 襲われたら命を落とすかもしれない熊だというのに、その姿をみかけなくなったというおかみの口ぶりはどこかさびしげであった。
「深山の神隠しの森。ここからそんなに遠くない場所だけどさ、あそこには今も熊が出るみたいだぜ?」
 スメラギの後を次いで美月が熊の爪痕を目にしたと付け加えた。
「へえ。あそこいらでは今もまだ出るんですかね。神隠しの多かった10年前ぐらいには実は熊にやられたんじゃないかって噂だったけど……」
 やはり地元の人々は熊の仕業ではないかと疑っていたらしい。神隠しの神の正体とはどうやら熊と定まっているようだ。
 スメラギはつと席を立ち、熊の剥製のもとへと歩み寄っていった。
 台座の分だけ熊の方が頭一つ抜きん出ているが、背の高さは180センチのスメラギと同じか、少し低いくらいである。両手をあげた格好なので、印象としては2メートルも3メートルもある巨大熊にみえる。スメラギは熊に正面からむきあい、対抗するかのように自分も両手をあげて同じような格好をしてふざけていた。
「おかみさん、熊ってマツタケ食うの?」
 ふさげた格好のまま、スメラギは尋ねた。
「マツタケ? そりゃ、熊は雑食だからあれば食べるだろうけどね。でもそりゃまたずい分グルメな熊だよね」
 “美食家(グルメ)”という言葉に、店内の客たちが声をたてて笑った。
「マツタケ食べようとおもったら、スーパーまで買いにいかないと。熊がマツタケ食べたくてスーパーまで買い物に行くんだったらおもしろいね」と、客のひとりである中年の男がゲラゲラ笑い転げた。
「でも、ここらへん、マツタケ採れるよね?」とスメラギ。
「冗談いっちゃいけません。ここらでマツタケなんか採れませんよ。とれるなら私ら、とっくに蕎麦屋畳んでるって」
 うまい蕎麦が食えなくなるからそれは困ると男はちゃちゃを入れた。どうやら地元のなじみ客であるらしい。
 おかみは嘘は言っていないだろう。嘘をつく理由がない。スメラギと美月は黙って顔を見合わせた。二人は採れないというそのマツタケが群生する森を訪れてきたばかりだった。

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神隠しの森 3-1

 東京駅構内、地下深く潜っていくエスカレーターには人々が連なり、長蛇の列を成していた。最後尾はエスカレーターの乗り場からはるか遠く離れた改札の外にまでのびている。先を急ぐスメラギは人のいない右側をかけおりていった。時折、スメラギを追い越そうと左側をかけていく人間もいる。彼らはエスカレーターに立ち並ぶ人々をすり抜けていった。
 ラッシュアワーをとうに過ぎた午後二時、エスカレータに立ち並んでいるのは通勤客ではない。並んでいるのは死者の霊たちだ。エスカレーターの先はそのまま地獄へと続いている。彼らは地獄の閻魔王に死後の行き先を融通してもらおうと長い列を連ねているのだった。
 死者たちの間をすり抜け、プラットホームにたどりついたスメラギは、エスカレーターの下部にあいた窪みに身を寄せ、「関係者以外立入禁止」と朱で書かれた小部屋の扉を入っていった。扉の向こうはあの世とこの世の境につながっている。薄暗い廊下の突当りが、スメラギの目指す閻魔庁の執務室だった。陳情の死人の列が廊下を埋め尽くし、執務室のドアまで続いている。
 ノックもせず、執務室の扉をあけると、今まさに閻魔王と死人とが死後の行き先について話し合いをしているところだった。
「社員をこき使って金儲けしてきたやんか。あんたに殺されたも同然な社員はぎょうさんおんねんで。ほかにも、あんた、金になるとなったら悪いことしてきてるやんか。そりゃ、地獄行きやわ。さんざん悪いことしておいて、いざ死んだら天国行きたいって、そんな虫のいい話――でも、あんたの出方ひとつで、天国へ行き先を変えてやってもええんやで――」
 地獄の閻魔王こと夜摩はそう言って、目の前にいる死者に妖艶な眼差しを向けた。地鳴りのような低い声とはいえ、金髪の美女に色目をつかわれ、死者はドギマギしている。
「ど、どうすれば……」
「地獄の沙汰は金次第や。わかるやろ」
 夜摩はしなをつくって死者の男のもとに歩み寄り、その顔に自分の胸を押し当てた。豊満な胸に押しつぶされながら、男は何度も頷いてみせた。金を払うという承諾のサインだった。
「それでええんや。ほな、こっちの言うだけの金出しなはれ」
 とたんに夜摩は男を突き放し、補佐役に命じてメモのようなものを男に手渡した。そのメモに書かれてあったのは金額だったのだろう。男はたちまち目を大きく見開いて、首を今度は横にふった。
「こんなに?! 出せませんよ!」
「出せる、出せないの問題やないでー。出さなあかん。出せないんやったら、地獄行き決定や――」
 やや間があった。夜摩はどさくさまぎれに男に揉みしだかれた胸を気にしていた。胸が本来ある位置より腰よりにずれ落ちている。
「……出し…ます」
「それでええんや」
 夜摩は嫣然と微笑んだ。しきりといじっていた胸もあるべき場所に落ち着いていた。豊満な胸は実は地獄に落ちた女から切り取って付けているもので、夜摩はれっきとした男である。だが、人の皮をなめして血で染めたという真紅のボディースーツはメリハリのある体の線を強調してみせ、黙っていさえすればふるいつきたくなるほどの美女である。
「みての通り、忙しいんや。相手してる暇はないで」
 男が出ていき、次の死者が執務室に入ってくる間、夜摩は、スメラギに一瞥をくれただけだった。
「別にあんたに用ってわけじゃねえし。ちょっと調べてもらいたいことがあってだな――」
「タダでとは言わんやろな」
「金なら振り込んでおいたぜ」
 とたんに夜摩の真赤な唇の口角があがった。

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