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あじろ けい

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第23話 尾行

 部屋に入るなり、奈々子はハイヒールを脱ぎ捨てた。
 ハイヒールを履いていると背筋がのびて、凛とした気持ちになる。と同時に、無理をして背伸びしているというストレスも感じていた。つま先だけで立っていると足元が不安定で、いつ崩れるかわからないという不安感が常につきまとう。
 ハイヒールを脱いだ素足で、床を足の裏全体でつかむように踏みしめていると、不思議と気分が落ち着く。とともに、沈んだ気持ちにもなる。ヒールを履いて見る外の世界はしょせん、つま先立って壁のむこうの隣の芝生を見ているようなもの、自分の足元に青い芝生は存在しないのだという現実に打ちのめされるのだ。
 奈々子は冷蔵庫を開けて飲み物を探した。
 ここのところ外食が続いて、ろくな買い物をしていない。冷蔵庫は空だった。
 ふいにビールが飲みたくなり、奈々子はスニーカーにはきかえ、スーパー横綱にむかった。
 夜遅くまで開いているスーパーは、それなりの客が入っていた。
 つまみになりそうなスナック類をレジかごに入れ、奈々子はビール売り場へむかった。
 スナック菓子のコーナーをぬけたところで、奈々子は見覚えのある後頭部を目にした。太一だった。
 太一は惣菜コーナーをうろついている。奈々子はとっさにクッキーの棚の陰に身を隠した。太一は奈々子に気付かないまま、惣菜をかごに入れ、レジにむかった。
 スーパー横綱で太一をみかけるのは久しぶりだ。
 初めて太一をみかけた時、太一のかごには野菜を中心とした食材が山盛りだった。いつだか朝食を用意してくれたことがあったが、その時の腕前からして料理は得意らしい。
 奈々子は、酔っ払った朝に太一が用意してくれた卵焼きの味を思い出していた。険のない、どこかほっとする味付けだった。
 太一がレジを通過するのを待ち、奈々子も列に並んだ。
 顔をあわせたくない ― 奈々子はゆっくりと品物を袋につめ、太一の大股ならもうずいぶん遠くへ行ってしまっただろうタイミングをみて、店の外へ出た。
 太一は確かに奈々子が追いつけないところまで歩いていってしまっていた。
 だが、その方向は奈々子のマンション、その先あるはずの太一の自宅とは反対の、駅にむかう方角だった。
 他に寄る店でもあるのだろうか。だが、スーパーから駅まで店らしい店はないはずだ。
 マンションの窓からいつかみた太一は、やはり駅の方向に向かって歩いていた。
 今もまた、太一は駅に向かって歩いている。
 (こんな夜遅く、どこにいくのかしら?)
 マンションへと戻りかけた道を引き返し、奈々子は太一の後をつけた。

 太一は大股で歩く。気付かれないように後をつける奈々子は急ぎ足でつけていかないければならない。
 思ったとおり、太一は駅にむかった。
 だが、電車に乗るわけではなく、駅のコンコースをわたり、反対側の出口へとむかった。
 駅前のコンビニを通りすぎ、太一は住宅街へと入っていった。
 駅から15分ほど、住宅街を歩き回った太一はとあるマンションへと入っていった。
(まさか、美香さんのマンション?!)
 太一の姿が完全に見えなくなったのを確認し、奈々子はポストを見渡し、「鮎川」の文字を探した。ポストにはありふれた名前の「鈴木」が氾濫していた。そのうちのいくつかは、下の名前まで書き連ねてあった。
 「鮎川」の名前を追う奈々子の目にとまったのは、「鈴木(太)」という表札だった。「太」は太一の太だろう。204号室、2階の部屋だった。
 引越しでもしたのかと、奈々子は追跡をやめ、来た道を戻ろうとして、道に迷ってしまった。
 夜遅く、住宅街を歩いている人間は少ない。ようやく、犬の散歩をしている女性をみつけ、奈々子は駅までの道のりをたずねた。
 親切な女性に教えてもらった道を5分も歩くと、煌々と明かりのともる駅についた。
 だが、それは奈々子がいつも使っている駅ではなく、ひとつ手前の駅だった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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