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あじろ けい

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渡せなかった手紙 3-3

 60年以上も前に死んだ柏木孝雄から恋人・宮内小夜子へあてて書かれた手紙を渡すよう頼まれたスメラギは、死人の側から“宮内小夜子”を捜した。宮内小夜子もまた、生きてはいないだろうとおもったからだ。
 すべての魂のあらゆる事柄が記録された地獄の鬼籍データに照会したところ、“宮内小夜子”に該当する人物は3人。地獄に落ちた1人目、生きていることは生きていたが、1週間後に老衰で死亡する予定の老婦人もまた、スメラギの捜す“宮内小夜子”ではなかった。
 3人目の宮内小夜子は86歳、死亡予定事項の住所欄には、歴史ある海辺の街の住所が記載されていた。
鬼籍には死に場所=死神が魂を迎えに行く場所が記載されているだけで、生きている人間の住所はわからない。生きている人間の行いは逐一鬼籍に記載されるが、住所などはどうでもいい情報なのだ。2人目の宮内小夜子に病院で会えたのは、たまたま彼女が死亡予定日時まで入院していたからで、これが突然死で病院へ担ぎ込まれたというケースだと、死亡予定日時きっかりにその場にいないと会えなかったに違いない。
 3人目の宮内小夜子が生きていると知って3年後の死亡予定住所欄の住所へ足をむけたスメラギだが、宮内小夜子がそこにいるとは限らない。今は別の場所にいて、3年後に引っ越してきて死ぬという可能性だってある。
 レンガ造りの瀟洒な洋館は、侘び寂びた周囲から浮き足だっていた。当時でこそ贅を尽くしただろう建物が今や、レンガの壁は蔦に覆われ、手入れのされていない庭の木々は深く生い茂り、まるで森の奥の廃屋である。ヨーロッパの城門を真似たと思われる鉄の門は、見上げる上から下まで錆で赤茶けていて、手をかけると錆の粉が手のひらにまとわりついてきた。
 とても人が住んでいるとは思えないが、表札には「宮内」と確かにあり、インターフォンのランプは、電源が入っている証拠に赤くともっている。
 幽霊でも出てきそうな屋敷には、インターフォンを利用する人間が確かに住んでいる。
 ふと視線を感じて顔をあげると、2階の割れた窓から白い顔が覗いているのがみえた。血の気のない顔色、身動きせずに門の前にたたずむスメラギをみつめている様子は死人かと思われたが、霊視ができなくなるメガネをかけていて見えたのだから、生きている人間だ。
 彼女こそ、86歳になる宮内小夜子に違いない。
「手紙を渡すだけ」―そう心に決め、スメラギはインターフォンを押した。
 返事はなかった。
 2階の窓を見上げると、宮内小夜子は顔をのぞかせたまま、動こうともしない。耳が遠くてインターフォンの音が聞こえていないのかもしれない―スメラギは錆びた門を押した。鍵のかかっていない門は、ギィーと高い音をたてて開いた。スメラギはそのまま草木の生い茂る敷地内を玄関へとむかった。
 玄関の横にもインターフォンがあったが、押すだけ無駄だとスメラギは、レリーフの施された木製の扉を思い切り叩き、宮内小夜子の名前を呼んだ。
2、3度叩いたところで、スメラギは、叩くたびに扉が軽く反発するのを感じた。扉と壁との間に隙間があって、もぐりこんだ空気が抵抗するのだ。
 玄関は鍵がかかっていなかった。扉を開け、その隙間からスメラギは宮内小夜子の名前を呼び、自ら探偵であることを名乗ったが、返事はやはりない。
「手紙をあずかってきてる」
 その一言に、今まで静かだった2階でかすかな物音がたった。床をコツコツと叩く足音がしたかとおもうと、玄関の吹き抜けに白い顔がのぞいた。
「はやく持ってきてちょうだい」
 とおりの悪いかぼそい声だが、強い命令口調だった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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