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あじろ けい

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時効の闇 プロローグ

 「ひでぇな」と言いかけ、高砂次郎は口をつぐんだ。刑事課の刑事にとって「ひでぇな」とは、いわば挨拶のようなもので、特に意味はない。凄惨な事件現場を目の当たりにして「ひどい」と口に出して言うことにより、自分はまだ殺人現場を「ひどい」と思う感性をもちあわせているまともな人間だと、周囲と、何より自分自身にアピールするのだ。
 ぼろ雑巾のように切り刻まれた死体、壊れたおもちゃのように打ち捨てられた、かつて人間であったはずのもの。現場をこなすにつれ、それらが日常の風景と化し、テーブルに並んだ食器を眺めでもするかのように、死体をみても動じなくなるようになる。冷静なだけだと思いたいが、その実、慣れが人間性を磨耗しているのではないかと不安になる。
 ひょっとして自分も、平然と殺人を犯したものたちと同じ感性なのではないのか ― その恐怖心から、「ひどい」という言葉がいつしか口をついて出るようになる。「こんなひどいありさまを目のあたりにして、ひどいと思える俺はまだまともな人間だ」という意味だ。
 だが、その現場に足を踏み入れたとたん、挨拶がわりの「ひでぇな」という言葉は、高砂の喉の奥にひっこんでしまった。その場にいたものたちの誰もが言葉を失っていた。現場を撮影している鑑識班のカメラがたてるシャッター音だけが、まるで唯一生きているもののごとく、声をあげていた。
 冬の日差しがはいりこむ、あたたかくて明るい居間だ。ソファーにこしかければ、庭とテレビと両方とが視界に入る。フローリングの床はそのままダイニングへと続いていた。テーブルに椅子は4脚そろっていた。その先には台所があった。調味料や食料品の一部が表に出ていたが、きちんと整頓されて置かれてあり、雑然とした感じはない。黄色を基調とした台所は、その家の主婦の好みなのだろう。高砂は、美人ではないかもしれないが感じのいい、柔らかい微笑みを浮かべる女主人の姿を思い浮かべた。
 キッチンの床には、赤茶けたマットが敷かれてあった。明るいとはいえないその色合いは、壁や小物と色合いがそぐわない。近寄ってみると、それはマットではなく、乾ききって干潟のように所々がひび割れている血の海だった。潮がひいた海にぽっかりと姿を現している浮島は、かつて人間であったろう肉の塊だった。おそろしく巨大な肉の塊は殴りつけるような異臭を放っていた。
「頭部は?」
「まだ発見されていません」
「切断場所はここか?」
「血の量から判断して、おそらく」
 死体には首から上がなかった。切断面はすでに乾いて、背骨がのぼったばかりの満月のように白く浮き上がっていた。縞模様だったとおもわれる男物のパジャマは血を吸い込んで、赤茶色に変色していた。
「すいませんっ、ちょっと…」
 若い刑事が庭に面した窓から外へと脱兎のごとく飛び出していった。「おい、現場を荒らすなよ」と鑑識の声が飛んだが、聞こえているのかどうか、庭の隅で吐いていた。
 配属になったばかりの新任刑事、鴻巣一郎だ。
いつもなら、ベテラン捜査官たちが、殺人現場に気分を悪くしている若手刑事をからかうのだが、今日に限っては誰も庭にかがみこんでいる鴻巣一郎を相手にしようとしない。吐けるものなら吐いて気分をすっきりさせてしまいたい、高砂はじめベテランたちの誰もがそうおもっていた。
 戻ってきた鴻巣一郎は、すえた臭いをただよわせていた。安っぽいローションとあわせて、新人刑事のにおいだ。あと数件も殺人現場に居合わせれば、体が死臭に慣れる。体が慣れれば、感覚も麻痺して、そのうち無意識のうちに「ひどいな」という言葉が口をついて出るようになる。そのころには、すえた臭いは、歩き疲れた足元から漂うようになり、年がら年中水虫に悩まされるようになる。そうなったら、一人前の刑事だ。
「和室の母親は両足を、2階の寝室の奥さんは両手、子ども部屋の子どもは両足を切断されています。どれもまだ発見されていません」
「子ども?」
「まだ9歳の男の子です。9歳ですよ、ったく……」
 田所刑事はそう言ったきり、黙って天井を見上げていた。同じ年頃の子どもをもつ親として、犯人に対する憤りは、子どものいない高砂より強いのだろう。大きな目と受け口のひょっとこ顔の裏に、刑事ではなく父親の顔がのぞいてみえた。
 鴻巣をうながし、高砂は2階へとむかった。2階から降りてくる他の刑事は一様に黙ったまま、高砂たちにかける言葉はなかった。だが、すれ違いざまにうなずきあう男たちのまなざしが多くを語っていた。
「この犯人(ホシ)は必ずあげてみせる」 ― 戦いがはじまった。



 1月7日、xx区xx丁目坂井信行さん宅で、この家に住む会社経営、坂井信行さん(38)、妻の由紀子さん(38)、長男の徹くん(9)、同居していた母親の富子さん(68)が、死体で発見された。この日、新年の挨拶に訪れた兄の坂井圭介さんがインターフォンを鳴らしても返事のないのを不審に思い、近所の交番に連絡、かけつけた警察官とともに、変わり果てた姿の一家を発見した。警察の発表によると、死後10日以上が経過しており、死因は絞殺、遺体の一部が切断されていた。切断された部分はいまだ発見されていない。兄の坂井圭介さんによると、一家は昨年末の26日からハワイへ海外旅行に出かける予定で、6日には帰国しているはずだった。玄関先にスーツケースがそろえられていたこと、一家がパジャマ姿であったことから、出発前日の夜に殺害された可能性が高いと警察ではみている。庭に面した窓ガラスが割られており、犯人は窓ガラスを割って坂井さん宅に侵入、殺害に至ったものとおもわれる。遺体の一部を切断、持ち去ったとおもわれるが、現金や貴金属の類、車も紛失しているため、警察では、強盗と怨恨の両方の線から捜査を進めている。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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