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【雑記】こどもの日が近いということで

こんな記事をみかけました。

子どもの施設養護、日本は9割近く 先進国で最高 HRW報告

報告を出した団体の代表の方のコメントには一部ひっかかる表現がありますが、子どもを家庭環境で育てるべきという意見には賛成です。でもだからといって、施設の存在を否定的にとらえるわけではありません。必要な人には必要なものだから。

家庭環境で子育てには賛成ですが、産んだ親のもとが必ずしもいいものとも思えません。産みっぱなしの親もいるので、そういう人からは子どもを取り上げたい気になります。産んだからって親の面するんじゃねーよと。虐待する人もいるし、そういう人のもとからは子どもを取り上げないと死んでしまう。そうやって死んでいった子どもたちがどれだけいるのか。こどもを生めば親になるとは限らない。

子どもを育てる意思のある家庭で、こどもには育ってほしい。強くそう思います。責任もって子どもを育て、社会に送り出すこと。人間が人間になるには15年から20年近くかかります。肉体の成長、精神の成長を促すそれだけの時間、こどもにむきあっていられること。私が思う理想の家庭です。だから、でき婚カップルは私ははっきり言って嫌いです。いろいろ事情はあるでしょうが、親になる覚悟もなく、準備もなしにこどもをむかえてしまって、責任ある子育てができるのか。学んでいく人もいるでしょうが、そういう人間ならはじめからこどもができるようなことをしていないと思います。偏見と言ってくださって結構。

カップルに婚姻の有無は関係ない。同性のカップルでも構わない。ひとり親でもいいですが、できたらふたりいた方がいいとは思います。できるだけ価値観の違う人間がいたほうがいいと思うので。こどもと一対一になってしまうのはさけてもらいたいんですよね。こどもが逃げたり拠り所にする場所がなくなってしまうから。

親となる人の意思と責任感、これが一番大事とおもいます。子どもの意思を尊重するという意見もあるけど、こどもっていうのはわがままで、ちょっと怒られたからって平気で親を嫌いになります。そんな時に誰と暮らしたい?なんて聞こうものなら、自分に甘い人間のもとでというに決まってます。そんなの受け入れられるわけがない。親は時にこどもに厳しくしなければならないのであり、こどもも叱られることを学んでいかないといけない。そうでないと自分が親になった時にこどもを育てられなくなってしまう。

とはいえ、家庭環境にもいろいろな問題はあります。離婚、経済問題……。里親制度について、虐待うんぬんの心配をされる人もいますが、そんなの、産んだ親のもとでも発生する問題です。産んだ親だから虐待しないという保証はどこにもない。むしろ産んだ親のほうがこどもに対する所有欲が強くて、自分のものだからどうとでもしていいという気持ちがあるんじゃないでしょうか。そんなの親じゃないです。もう一度いうけど、産んだからって親の面してんじゃねーよ、です。

さて、で、記事の中で里親制度の充実しているとされたオーストラリア。

里親のもとで育った人、里親としてこどもを育てている人、友人にもいますし、町でもみかけます。肌の色が違う場合はひとめでわかってしまうので、すぐにああ実子ではないんだなとわかります。でも、普通の家族です。何も変わりません。「娘が反抗期でね、まいっちゃうのよ」と愚痴る友人。本当に、産みの親と何ら変わりありません。教育熱心な家庭で、体育意外は成績優秀なんだとか(笑) 友人は家族写真を持ち歩いて、あーだこーだと娘自慢をします。繰り返しますが、普通の家庭です。

もっとも、オーストラリアで里親制度が充実しているのにはわけがあります。関連記事のリンクから飛んでいけますが、オーストラリア政府はかつて養子縁組を強制的に行ってきました。

オーストラリア政府、強制的な養子縁組みで初めて正式に謝罪

望まれない妊娠によるこどもを強制的に取り上げて養子に出したという話です。強制的に、という部分に引っかかりを感じるものの、未婚の女性がひとりで子育てができたかと考えたら、やむを得なかった措置だったかもしれないと思ってしまうのです。当時は戦後すぐのころです。男性でも仕事を探すのが大変だった時代。まして女性だったら。しかも子どもがいたら。社会保障制度も整っていません。しかもオーストラリアは今でこそ景気がいい方ですが、かつて何ども不景気を経験しています。友人カップルはそんな不景気な時期に結婚し、景気がよくなるまで子作りを控えていました。そんな時代です。そんな国の状況がありました。

出征証明書そのものからも実母としての名前を消されてしまったため、その後引き取ることができなかったという残念な事情はあるものの、強制的でもやむを得なかったのかなと。にしても、父親はどうした!(怒) 子どもができても結婚すらしなかったのかい!(怒)

強制的にこどもを取り上げたという点にひっかりつつも、実は強制的にでもしないといけない場合ってあるのかなとも思うのです。
またしてもオーストラリアの話ですが、住民のほとんどが社会保障で暮らしている地域があります。働いたことのない親のもとで育てられた彼らの子どもたちは働くことがどういうことがわかりません。親が働いていないから、自分も働く必要がないとおもっているのです。

この話を友人たちとしていたときのこと。問題を解決するには、親から子どもを引き離して別の場所で育てるかするしかないねという話になりました。親だけでなく、他のこどもの見本となる大人も働かないので親元から引き離すだけでは足りないのです。子どもたちに職業訓練を行ったとしても、家に帰ればぐうたら働かない親がいる。働くことがばかばかしくなってしまいます。親も働かなくていいと言うでしょう。親がそういうのだから子どもは素直に従うでしょう。解決の糸口がまったく見つかっていない問題です。

話戻って日本の事情。日本で里親制度が浸透していないのにはいろいろな事情があるようです。報告書では手続きの煩雑さがあげられていましたが、煩雑な手続きは簡略化することが可能です。難しいのは社会的な事情でしょう。それが感情に結びついているとなおさら難しい。

「日本では養子っていうと暗いイメージがあるらしいじゃない」

オーストラリアの知人に言われた台詞です。その人自身、養子です。

なんで暗いイメージがあるのか考えてみました。おそらく、産んだ親から捨てられたというイメージと結びついているのでしょう。親にしても産んだ子を捨てたという後ろめたい気持ちがあるんじゃないでしょうか。

捨てるとか捨てないとか……物じゃないんだから。何度もいいますけど、産んだからって親じゃないし。こどもは授かりものっていうけれど、私は預かりものだとおもってます。いずれ社会に返していくもの。日本だと一旦社会に出てから介護などで親元に戻ってきてしまいますが。これが問題かな。子どもを社会に手放していけないから、実子にこだわっているように思えます。いずれ自分の世話をするようにしつけるにはこどものうちに、それも幼いうちから、「面倒みてやったんだから面倒みろよ」的な考えをたたきこむ。マインドコントロールじゃないですか。

だーかーらー、子どもは親のものじゃねーっつの。おぎゃーと生まれたときから、もう別物なの。

日本の場合は制度うんぬんの前に、こどもとは何か、子育ての目標はというところから考えないといけないのかもしれない。

子連れ心中とか、産んだそばから殺すとか、虐待とか、そんな話、まっぴらなんです。手放してくれたようがよほどまし。っていうか、手放してほしい。

あ、珍しく長い雑記になってしまった。。

以上、いまだにこどもであり続ける私からの、こどもとしての主張でした。

テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

Comment

No title

……考えさせられました。

一般論としてでもなにがよくてなにが悪いと決められないテーマのように思います。

かといって最終的にどこかで線は引かねばならず。

難しい。

>ポール・ブリッツさま

難しいですが、考えないといけないですね。
考えっぱなしもだめです。その間に救えるはずのものを失っていくので。
走りながら考える、日本人の多くは嫌いな考えでしょうが(私も親などからは、しっかり考えてから行動しろ、としつけられたので)、そうしないとならない場合もあるとおもいます。

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