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あじろ けい

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罪喰い 1-1

 ひどい頭痛で目が覚めた。ハリケーンが近づいているのだろう。
 気圧の関係なのか、ハリケーンがやってくる直前にはいつも頭痛に悩まされる。おかげで天気予報を確認しないですむようになった。天気予報よりアルの頭痛の方が確かだと、近所には重宝がられている。「調子はどうだい(ハウアーユー)?」は挨拶ではなく、文字通り、アルの体調、つまり今日は頭痛の調子はどうだいと聞いているのだった。
 ベッドから起き上がることができるほどだから、今朝の頭痛はそうひどくはない。ひどい時には、ベッドに体が沈み込んで、目も開けられない。
 開けっ放しの窓から生ぬるい風がやる気なさげに吹き込んできた。かすかに雨のにおいがする。やはりハリケーンが近づいているのだ。空の底が鉛色の雲に覆われていた。
 シーツが水びたしになるほど背中にたっぷり汗をかいたので、シャワーを浴びた。いつもより熱めのシャワーを首筋にあて続けると、頭痛は少しはましになった。
 起きがけに夢をみた。だが、内容までは覚えていない。夢とは脳に蓄積された記憶を整理する作業だと聞いてから、どんな夢をみたのか思い出そうとするのをやめた。どうせ、ろくな記憶しかもっていないのだから、夢が捨てたものをわざわざ拾いあげることもない。
 濡れた髪のまま、ベッドの下に落ちていた黒シャツを拾う。昨夜というよりは今日の早朝に脱ぎ捨てたシャツは葉巻(シガー)の苦々しい臭いがした。仕事場のバーでついた臭いだ。酒と煙草の臭いはアルの体臭ともはや言ってもいい。
 アルは階下のバー、“天国(ヘヴン)”でバーテンダーをしていた。毎晩、最後の客を見送ってから店を閉めて二階の部屋にあがる。時間は決まっていない。店を閉める時間を決めるのは最後の客で、夜の早い時間の時もあれば、空が白みはじめてようやく客が重い腰をあげるということもある。昨夜は、バーで生演奏(ライブ)を披露した連中が遅くまで飲み明かしていた。
 どうせ近所にコーヒーを買いに行くだけだとシャツに腕を通したところで、袖が取れかけているのに気付いた。サックスとドラムが始めた酔っ払いの喧嘩を止めようとしてやられたのだ。だからシャツを脱いだのだと思い出した。いつもはバーから上がってくるなりベッドに倒れ込むのに今朝は起きたら裸だった。
 クローゼットを開けて替えのシャツをひっぱりだす。色はまちまち、柄ものもあれば無地もある。その時に安い物に手を出すからそうなる。共通しているのは、どれも袖が長いことだけだ。夏だろうと冬だろうと、アルは長袖のシャツを着る。湿気の多いこの街の夏に長袖は拷問に近かったが、人に見られたくない傷を隠すには都合がいい。
 手っ取り早く一番手前にあった白の無地のシャツをはおり、申し訳程度にボタンをはめて部屋を後にした。
 外に出るなり、「調子はどうだい(ハウアーユー)?」と声をかけられた。バーの常連客のトムじいだ。褐色の肌に白いランニングシャツが映える。白髪交じりの胸毛には汗の粒がからんで光っていた。トムじいは、まだ朝だというのに店の前の縁石に座り込んでだらしなく飲んだくれていた。足元にはすでに3本のビール瓶が転がり、4本目となるビールは右手にあった。
「ハリケーンが来そうだ」
「“彼女”みたいなのかい?」
 “彼女”とはカトリーナ、2005年にニューオリンズを襲った未曾有のハリケーンを指す。
 バーのあるフレンチクォーターあたりは建物が冠水する程度の被害だったが、黒人たちが住むロウアー・ナイン・ワード(L9区)は壊滅的な被害をこうむった。カトリーナが通り過ぎたあと、町には何も残っておらず、トムじいは住む家を失った。
 復興は遅々として進まず、観光でもっているニューオリンズから観光客が消え、仕事が失われ、最後に人が去った。
 ニューオリンズを去っていく人々に、トムじいは傷ついた街を見捨てて逃げるのかと憤った。だが、住む家もなく、仕事もなくてどうして生活していけるだろうか。彼らは友人や親戚を頼っていった。トムじいも、頼れる場所や人があれば、逃げ出していった口だろう。だが、トムじいもアルも独り身で、身軽といえば聞こえはいいが、ここ(ニューオリンズ)よりほかに行く場所がなかった。
 カトリーナの災害の起こる前まで、トムじいはジャズバンドでサックスを吹いていたが、仲間を次々に失っていった今は、朝からひとりでビールをあおる毎日だ。住むところもないので、近所のストリップ小屋に寝泊まりして、たまに路上でサックスを吹いて観光客から小銭を稼いでいる。バンドを再結成するにはトムじいは年を取りすぎてしまっていた。
 カトリーナは、トムじいの人生を一変させてしまった。ニューオリンズはハリケーンが多い土地だが、カトリーナほどの被害は数十年に一度というほど強大で、トムじいに鮮烈な印象を残した。それまでトムじいにとって“彼女”といえば、1985年のベッツィを指したが、今はカトリーナだ。
 カトリーナが近づいた時にアルを襲った頭痛は様子が違った。頭が割れるように痛いのはいつものことだったが、起き上がれない、目も開けられない。しまいにはベッドの脇に吐き続ける有様で、異常を感じたアルは、トムじいや近所の人々に安全な場所へ行けと忠告し、自分もトムじいに抱えられる格好で避難した。
 アルの頭痛のおかげで命拾いしたトムじいは以来、ハリケーンの季節になると、開口一番、「調子はどうだい?」とたずねる。
「たいしたことはなさそうだ」
 6月から始まるハリケーンの季節は10月ともなると終わりがみえてくる。ハリケーンの勢いもそがれつつあるのだろう。
 アルがそう言うと、トムじいは白い歯をみせて笑った。
「彼女ほどの女は他にはいないね」
 性悪女ほど忘れられないものらしい。カトリーナのことを口にする時、トムじいはまるで昔の恋人を思い出すかのように高揚した口ぶりになる。
「カトリーナに」
 トムじいは曇り空にむかって高々とビール瓶を掲げてみせた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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