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罪喰い 1-3

 アルが働くバー、“天国(ヘヴン)”は、フレンチクォーターにあった。フランス植民地時代の面影を色濃く残す一帯で、アイアンレースとよばれるその名の通りレースのように繊細な鉄柵をそなえた深いバルコニーのある建物が延々と続く。富豪の農場主たちがかつて町中に所有していたタウンハウスは、今は観光客相手のバーやレストランなどに身を変えている。
 “天国(ヘヴン)”は、フレンチクォーター随一の繁華街、バーボン通(ストリ)り(ート)から少し離れた場所にあった。たまに観光客がふらりと立ち寄るが、客は近所で働く連中が多い。左隣はあやしげな呪術道具が店先に並ぶブードゥーの店、右隣はマルティグラ用の仮装衣装や仮面を売る店で、その三軒先にはトムじいが寝泊まりするストリップ小屋があり、そこの従業員も“天国(ヘヴン)”の常連だった。
 “天国(ヘヴン)”は、碁盤の目のストリートの角地にあった。直角のかどの部分を切り取るような形で入り口があり、ドアは緑色だ。少し傾きかけている建物全体はサーモンピンク色で、ところどころ漆喰がはげかけている。ドアだけが毒々しいのは、オーナーが最近になって塗り替えるよう指示したからで、元は紫色だった。
 オーナーの好意で、アルは二階の部屋に寝泊まりしている。シングルベッドをいれたらいっぱいの狭い部屋にシャワーがついているだけだが、寝るだけの部屋だから十分の広さである。トイレはバーのものを使用した。食事は外でとる。うまいものならいくらでもある町だから、金さえあれば食うのに困らない。アルの好物はシュリンプのケイジャンソースだった。シュリンプは目の前のメキシコ湾で取れたものを食べるから新鮮で身がプリっとしまって文句なしにうまい。淡泊なシュリンプの身に、パンチのきいたケイジャンのスパイスがよくマッチして、毎日食っても飽きない。
 金がなくても食うのには困らない。ぎりぎりになれば、誰かが食べ物を恵んでくれる。金髪に青い瞳、白い肌のアルは、この町では毛色の違う人種だが、ふらりとやってきたアルを、町の人々はすんなりと受け入れてくれた。アルがアルとだけしか名乗らなかったこと、蒸し暑いニューオリンズの夏でも長袖しか着ないことから、訳ありとふんだのかもしれない。ストリップ小屋やブードゥーの店があるかとおもうと、一本通りを隔てた場所にはこじゃれたアンティークの店が並ぶなど、清濁のみこんでしまう懐の深さがニューオリンズの町にはある。
 そして人々はいつでも陽気だった。町にはいつだって音楽が流れている。ストリートそのものがライブハウスだ。いつも、誰かがどこかのストリートの角で楽器を演奏している。トムじいもその口だ。金がなくなると、一張羅のイエロースーツにグレーの中折れ帽をかぶって街角にたつ。昔とった杵柄で、トムじいのサックスは耳ざとい観光客の足をとめる。結構な金になるらしいのだが、それはすべて酒代に消えるのだった。
 他のバーの例にもれず、アルのバーでもジャズの生演奏を行うバンドを入れる。二、三十人も入ればいっぱいの店内に、バンドを入れると客の入る余地はあまりない。それでもオーナーは構わないと、毎晩のようにバンドを入れる。オーナーはヒスパニック系の中年の女だった。肉感的な女で、ストリップの仕事で稼いだ金でバーを買ったと言っていた。アル同様、ニューオリンズに流れてきた口で、この町でジャズの魅力にはまり、そのまま居ついてしまったのだとか。音楽が好きなので、儲けは二の次らしい。アルが時たま金もとらずに常連客に酒を出すのには目をつぶったが、バンドの質にはうるさく口を出した。今夜のバンドは彼女のおめがねにかなうだろうか。
 バンドのメンバーとセッティングをしていると、入り口のドアを激しく叩く音がした。日はまだ沈んでいない。たいていのバーやレストランは夕方から開く。“天国(ヘヴン)”では、最初の客が来たら店を開ける。客のほとんどが近所のストリップ小屋やレストランで働く連中で、仕事前にいっぱいひっかける彼らのためにアルは快くドアを開けてやる。
 この日は、ぐずぐずしないで早くドアを開けろと言わんばかりの激しい音だった。常連客ならノックのひとつやふたつでドアが開くと知っている。それを知らないのは、観光客だろうか。観光客にはまだ店を開けたくないとしぶっていると、今度は入り口脇の窓が叩かれた。まだ開ける時間じゃないと睨みきかせようと窓をみると、窓ガラスを叩いていたのは顔見知りの少年だった。ウィルは、白い手のひらをこちらにむけて執拗に窓を叩き、何かを叫んでいた。
「大変だ、トムじいが――」
 急いでドアを開けてやると、ウィルは息せき切って飛び込んで来、そのまま勢い余ってテーブルに突進、椅子とからみあって床に倒れこんだ。抱き起してみると、ウィルのTシャツは血で汚れ、顔にも手にも血のりが飛び散っている。
「トムじいがどうした?」
「俺らの目の前で車に撥ねられたっ」
 ウィルは仲間たちとブラスバンドを組んでストリートで演奏している。下は5歳から上はウィルの兄のティムの16歳まで、子どもたちだけの編成だ。テクニックはまだまだだが、あと5年もストリートで演奏し続ければものになる。そう思わせるだけの何かのあるバンドだった。彼らは毎日昼過ぎから夕方にかけて、観光客相手に小銭を稼いでいる。
 事故は、彼らが演奏している最中に起きた。トムじいは彼らがいたストリートのむかいを歩いていた。ウィルたちをみかけて通りを渡ろうとしたところ、走ってきた車に撥ねられたのだという。車は相当なスピードを出していたらしく、トムじいの体は宙にはねあげられ、ウィルたちの目の前で地面に叩きつけられた。トムじいを撥ねた車はその場を逃走した。
 ウィルのTシャツが血に染まったのは、トムじいを抱き起したせいだという。よほど恐ろしい光景だったのか、話して聞かせるウィルの唇は震えて、時々言葉につまった。
「救急車を呼ぼうとしたら、そんなのいいからアルを呼べって言うんだ。はやく、きてくれよう」
 ウィルはアルの袖を引いて行こうとするが、アルは動かなかった。
 トムじいがアルを呼ぶからには、覚悟が出来ているのだろう。
 死の覚悟が。
 アルはかつてトムじいに、罪喰いの話をしたことがあった。冗談まじりに、どんな極悪人でも自分が罪を引き受けたら天国行きになるという話をしたのだが、その時、トムじいは自分が死ぬ時には罪を喰ってくれと頼んだのだった。笑っていたから、まともには受け取っていないのだろうと思っていたら、トムじいは信じていたらしい。
「トムじいを僕の部屋へ運ぶよう、みんなに言ってきてくれないか」
 ウィルを使いにたて、アルは人を使ってトムじいをバーの二階の部屋に運び入れた。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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