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罪喰い 3-4

 夫人は湖に面したベンチに腰掛けていた。石造りのベンチに姿勢よく腰掛ける夫人は両手を膝の上にそろえて湖をみつめていた。
 風がそよぐたび湖面には銀の漣がたった。その都度映り込んだ対岸の紅葉がかき乱されていた。
 アルは夫人のかたわらに腰を下ろした。客間を出ていった時の興奮はようやく収まったらしく、夫人は優雅さを取り戻していた。
「きれいでしょう。私、ここからの眺めが一番好きですわ。春の緑もきれいですが、やはり秋の紅葉が一番美しいと思いますの」
「僕もそう思います」
 ヨーロッパの紅葉は美しかった。生まれ育った土地から遠ざかるように大陸を西へ西へとむかい、最後にはドーバー海峡をわたって大陸から島へと移り住んだ。その小さな島が、当時大英帝国の繁栄をほこるイギリスだった。再び大陸への情熱が湧いた時、アルは船に飛び乗っていた。行き先は新大陸、アメリカ。ボストンは、アルが新大陸に初めの一歩を刻んだ土地だった。
 ジョンストン邸へ来る途中、車窓から見た当時の面影を残す町並みに、アルは時の流れを忘れそうになった。だが、行きかう人々がまるで違う。時は確実に流れている。人も街も変わっていくのに、変わらないのは人の罪だけだった。
 教会では罪の源を七つに分類している。「暴食(グラトニー)」「色欲(ラスト)」「強欲(グリード)」「嫉妬(エンビー)」「憤怒(ウラース)」「怠惰(スロース)」「虚飾(プライド)」「傲慢(プライド)」。人が罪を犯す動機はいつの世もこの七つに絞られる。
「神父さまも―」
 と言いかけて、夫人は口を押えた。アルに、神父と呼びかけないでくれと言われたのを思い出したらしく、苦笑いを浮かべた。
「私が主人を殺そうとしていると思っていらっしゃいますの?」
 人の罪はいつの世も変わらない。天使のような美しい外見の人間でも悪魔のような所業を成すとアルは知っている。アルは夫人の味方をして、否定の言葉をかけてやることができなかった。
「ドイル医師は、あなたの義理の息子を疑っていましたが」
「ライアン、あの人に主人を殺して私に疑いをかけるようなことができるとは思えませんけども……。粗野な人間ですが、小心者ですから。でも、お金に困っているのは確かです。主人の前の奥様の連れ子で、ニューヨークに住んで、主人のつてて紹介してもらった会社のいくつかで取締役をしていますけど、浪費癖がひどくて、いつも主人に泣きついてくるんです。今回の訪問も、またお金の無心だろうと思っていたのですけど……」
 ジョンストンの遺言状で自分の取り分が減ると知って慌てて駆けつけたという理由は、ライアン本人によって暴露されていた。
「主人と結婚した時、あの人には遺産目当てだと散々言われました。ですから、婚前契約を交わしました。私には守るほどの財産もありませんでしたけど、それが結婚の条件でしたから。遺言状については本当に何も知りませんでしたわ。ノーマンさんとは顧問弁護士としてのお付き合いしかありません」
 夫人はきっぱりとノーマンとの関係を否定してみせた、しかし、たとえ夫人にその気がなくとも、ノーマンは別だろう。女ざかりの夫人を目の前にして、平然としていられる男はそうはいまい。まして夫人はとびきりの美人だ。一線を引くような女には、たとえそれが人妻であろうと、男は逃げる獲物を追う気持ちでかえって惹かれていく。アル自身が身にしみて知る男の性を、夫人は知らなさ過ぎる。
「主人とは、教会のボランティアをしていて知り合いました。私、フォーブスの長者番付に載っている方を上から順番に訪ねていって寄付をお願いしてましたの。お金をお持ちの方は社会的責務も立派に果たしてくださいと申しあげまして。今思うと若かったのですわ」
 若く美しい女性に寄付を懇願されて断ることのできる人間がいるのだろうか。少なくともジョンストンは断れなかった男だった。
「金の亡者などと世間では言われているようですが、主人はそんな人間ではありません。お金は大事ですわ。主人はお金の大切さを人一倍よく知っているのでつい厳しくなるようですけど、守銭奴というのとは違います。そうでなければ、若い娘に頼まれたからといって大金を簡単に寄付などできませんもの。お金で出来ることが何かをよく知っていて、無駄なことには使いたくないだけなんです。結婚してから私もお金の作り方を学びました。漫然と人の好意に頼るだけではダメですから、信託という形で一定のお金が慈善団体にいくようにしています。主人の資産の一部を信託資産にしていますが、私が結婚してからつくった資産も含まれますのよ。ボランティアをしていたときのつてで、みなさま、いろいろとよくしてくださって、結構なものになりました。信託の運営は、私を母親がわりに面倒みてくださったシスターにお願いしています。私の資産はすべて慈善団体のための信託財産となっていますから、私が死んだら、私の資産はすべて彼女のものになります」
「つまりは教会のものに、ということですね」
「ええ。孤児だった私は教会に育てていただきました。そのお礼とでもいうのでしょうか」
 ふと人の気配を感じて振り返ると、ノーマンの歩いてくる姿がみえた。どうやら夫人を心配して様子を見にくることにしたらしい。足取りはゆっくりとしているが、気がせいているように感じられた。一刻も早く夫人のそばに行きたいがアルの目を気にしているといった感じで、わざとゆっくり歩いているようにもみえる。
 ジョンストンの遺言状について、少なくともノーマンはその内容に通じていた。遺産の一部が夫人に渡ると知れば、ジョンストンを殺し、夫人も手にいれる、ついでに夫人が手にするだろうジョンストンの莫大な財産も手にいれる計画を思いついても不思議はない。
 動機さえあれば、手段はどうとでも整えようとするものだ――
 ドイル医師の言葉がふと思い出された。
 顧問弁護士としてノーマンは日頃からジョンストン家に出入りしている。手段はどうとでも得られる。動機は夫人だとしたら――
「ジョンストン夫人――」
 ノーマンには気をつけてと忠告しようと呼びかけたアルを、夫人の笑顔がさえぎった。
「どうぞ、“エル”と呼んでください」
 ファーストネームのニックネームを告げた時の夫人は無邪気な笑顔を浮かべていた。
「“エル”? ジョンストンさんはギャビーとあなたを呼んでいましたが」
「ガブリエルなので主人はギャビーと。でもそう呼ばれるのは好きではないので、私、親しくなった方には“エル”と呼んでいただいてますの」
「ガブリエル……受胎告知の天使ですね」
「私が教会の前に捨てられていた日が9月29日、聖ガブリエルの日だったのでシスターがそう名付けてくださったのです」
 聖母マリアにイエスの受胎を告げた天使ガブリエル。絵画などには、男とも女ともつかない顔立ちで描かれている。アルの目の前にいる夫人は、数々の受胎告知の絵画に描かれてきたどの大天使ガブリエルに勝るとも劣らない美しさだった。
 それは邪まな心を起こさずにはいられないほどの美だった。

テーマ:オリジナル小説
ジャンル:小説・文学

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