渡せなかった手紙 8-3
夜に取り残された星が、青白んできた空にわずかにかかっている。夜明け前の夏の浜辺は、夜の喧騒が滓(おり)となってただよい、どこかけだるい。朝露を含んだ砂は重くからみついて、吉田たちを追って浜辺を歩くスメラギの足取りをさらに遅くさせた。
ほの暗い浜辺に、ふたりの姿は影としかみえない。頼りなさげな影は、時々ひとつに重なり合いながら、波打ち際をゆらゆらと漂っていた。
朝もやの中にスメラギと死神の姿を発見した小夜子は、吉田の背にさっと身を隠した。その肩を抱き、そっとスメラギの前に押し出したのは、吉田だった。
「僕が知らせたんだ」
小夜子は怪訝な顔をした。
「美月さんの体で一緒になっても幸せにはなれないよ。美月さんには美月さんの人生がある。人の人生をふみにじってまで幸せになろうとは、僕は思わない」
「美月さんが男だから? だから一緒にはなれないというの?」
「そうじゃなくて…」
「女の体にのりうつればいいわ。それならこんな風に人目を避けて行動することもないし」
「小夜子さんっ!」
吉田は思わず声を荒げた。
「誰の体でも同じだよ。その人にはその人の人生がある。その人生を自分のものにしてしまうだなんて、まるで殺人じゃないか。そんなことをしても、幸せにはなれないだろう?……」
強い口調に変わりはなかったが、吉田は一言一言をゆっくりと、はっきりと小夜子にその意味が伝わるようにと繰り出した。
小夜子は、目を見開いてじっと吉田の目をみつめていた。瞳が右へ左へ揺れ、吉田の意図を必死に探ろうとしている。
私を愛していないの? 私と一緒にいたくないというの? また別れ別れになるというのに平気だというの? 死んでもあなたのことが忘れられず、ずっと待っていたのに、やっと出会えたというのに! これからだというのに!!
小夜子の無言の抵抗にも、吉田は屈しなかった。彼の決心が揺るがないものだと悟り、小夜子の頬を涙が伝ってこぼれ落ちた。
泣き崩れる小夜子をしっかりとその胸に抱き、吉田は恋人との別れを惜しんだ。
吉田に背中を押され、小夜子はスメラギの前に立った。
朝日が水平線を割ろうかというそのとき、朝もやと見間違うかのような煙が美月の体からたちのぼった。その刹那、吉田の目が宮内小夜子の姿をとらえた。かつて愛した人の姿が、生きていた当時と変わらぬまま、そこにあった。小夜子の黒い大きな瞳がじっと吉田だけをみつめている。
愛おしい人の姿は髪の毛一筋でさえも見逃すものかと、吉田は瞬きを忘れて小夜子に見入っていた。
「待ってますから! あなたが生まれ変わるのを待ってますから!」
死神に腕をとられ、今にも連れていかれる小夜子は、かすかにうなずいた。
「待つだけ無駄だ。この女は生まれ変われない」
死神の一言に、空気が凍りついた。
ほの暗い浜辺に、ふたりの姿は影としかみえない。頼りなさげな影は、時々ひとつに重なり合いながら、波打ち際をゆらゆらと漂っていた。
朝もやの中にスメラギと死神の姿を発見した小夜子は、吉田の背にさっと身を隠した。その肩を抱き、そっとスメラギの前に押し出したのは、吉田だった。
「僕が知らせたんだ」
小夜子は怪訝な顔をした。
「美月さんの体で一緒になっても幸せにはなれないよ。美月さんには美月さんの人生がある。人の人生をふみにじってまで幸せになろうとは、僕は思わない」
「美月さんが男だから? だから一緒にはなれないというの?」
「そうじゃなくて…」
「女の体にのりうつればいいわ。それならこんな風に人目を避けて行動することもないし」
「小夜子さんっ!」
吉田は思わず声を荒げた。
「誰の体でも同じだよ。その人にはその人の人生がある。その人生を自分のものにしてしまうだなんて、まるで殺人じゃないか。そんなことをしても、幸せにはなれないだろう?……」
強い口調に変わりはなかったが、吉田は一言一言をゆっくりと、はっきりと小夜子にその意味が伝わるようにと繰り出した。
小夜子は、目を見開いてじっと吉田の目をみつめていた。瞳が右へ左へ揺れ、吉田の意図を必死に探ろうとしている。
私を愛していないの? 私と一緒にいたくないというの? また別れ別れになるというのに平気だというの? 死んでもあなたのことが忘れられず、ずっと待っていたのに、やっと出会えたというのに! これからだというのに!!
小夜子の無言の抵抗にも、吉田は屈しなかった。彼の決心が揺るがないものだと悟り、小夜子の頬を涙が伝ってこぼれ落ちた。
泣き崩れる小夜子をしっかりとその胸に抱き、吉田は恋人との別れを惜しんだ。
吉田に背中を押され、小夜子はスメラギの前に立った。
朝日が水平線を割ろうかというそのとき、朝もやと見間違うかのような煙が美月の体からたちのぼった。その刹那、吉田の目が宮内小夜子の姿をとらえた。かつて愛した人の姿が、生きていた当時と変わらぬまま、そこにあった。小夜子の黒い大きな瞳がじっと吉田だけをみつめている。
愛おしい人の姿は髪の毛一筋でさえも見逃すものかと、吉田は瞬きを忘れて小夜子に見入っていた。
「待ってますから! あなたが生まれ変わるのを待ってますから!」
死神に腕をとられ、今にも連れていかれる小夜子は、かすかにうなずいた。
「待つだけ無駄だ。この女は生まれ変われない」
死神の一言に、空気が凍りついた。
