Profile

あじろ けい

Author:あじろ けい

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
参加ランキング


にほんブログ村 小説ブログへ

素材サイト様
和風素材×フリー和柄素材 ネオ ジャポニズム
ホームページ作成用のサイケデリック調の和風素材や和柄素材、浮世絵調のフリー素材やデスクトップ壁紙のサイト
web*citron
シンブルで可愛い素材
十五夜
和素材の宝庫

無料写真素材フリー「花ざかりの森」
日本の森の美に感嘆
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なのなのな 4-5

 失恋を癒す薬は、時間と新しい恋だという。新しい恋が簡単にできるくらいなら、同じ男に六年も片思いをしていない。時間は即効性に欠ける。桃子は仕事に打ち込むことにした。
 子どもの頃から文房具が好きだった。シャーペン、クリップ、お菓子のような甘い匂いのする消しゴム、ノート、手帳……数え上げたらきりがない。実用品で消耗品のはずなのに、桃子の場合は、未使用の文房具が溜まっていくばかりだった。
 文房具売り場でなら何時間でも時間がつぶせた。ペンの書き心地に酔いしれる。ノートの枠線の幅の妙に感嘆し、手帳に刻まれていくだろう未来に思いを馳せる。
 気づけば文房具専門店でバイトをし、文房具メーカーに就職していた。文房具にかける情熱を認められたというより、後から上司に聞いた話では、あまりの執着ぶりに呆れられ、そんなに好きならという温情で採用が決まったらしい。面接の時に文房具に対する愛を熱く語った相手が企画開発部の部長で、入社後、桃子はその部長の下で働いている。
 企画開発部の仕事は、文字通り、新しい商品を生み出すことだ。こんな文房具があったらいいのにと考えてばかりの桃子にとってこれほど適した仕事はない。要は自分が欲しいと思うものを商品にすればいいだけなのだから。
 しかし、一口に新しい商品を考えると言っても、実際の仕事となると、自分の好きな商品を作るとはいかなかった。ビジネスである以上、採算を考えなければならない。自分の好きなものが売れるものとは限らない。市場が必要としているものでありながら、社の独自性を出す。ニーズとオリジナリティとのバランスが商品開発には不可欠な要素だ。
 仕事は、新商品の企画・開発が主だが、考えっぱなしというわけではない。産みの親である以上、それこそ子どものように、巣立っていくまで、つまり店頭での販売までを面倒みる。生み出しながら同時進行で先に生み出した商品の面倒も見るので、企画段階、デザイン中、試作品の検討段階などと、異なるステージにあるいくつもの新商品を抱えている。営業部との会議、デザイナーとの打ち合わせ、工場担当者との話し合いなど、体がいくつあっても足りない。疲れた体にムチ打ちながら、桃子は昼も夜もなく働いた。
「今日も残業か?」
 あまりの桃子のがむしゃらぶりに、残業仲間である貴一までもが呆れた。
 金曜の夜、いつもなら夜中近くまでオフィスに残っているはずの貴一とビルの外で偶然出くわした。小腹が空いたからとコンビに買い出しに出た帰りだった。
「忙しいのか?」
「要領が悪いだけです」
「あまり頑張りすぎるな。少しは休まないと、かえって能率が悪くなるぞ」
「……」
「それと、もう少しまともなものを食え」
 貴一の視線がコンビニのレジ袋にそそがれていた。中には菓子パンと飲み物が入っている。反射的に、桃子はレジ袋を背中に隠した。
 そのまま、早々に帰宅していく貴一の後ろ姿を見送った。その背中が弾んでいた。土曜の明日、貴一は彩花と映画に行く約束をしている。昼間、彩花から聞かされて知っていた。
「初デートの印象って大事よね。何を着ていったらいいかな」
 貴一と真剣に付き合うつもりらしく、彩花は神経質なまでに服装から行動、言葉遣い、話す内容にまで慎重になり、桃子のアドバイスを求めてきた。取られたわけではないが、気持ちの上では取られたような貴一とのデートに着ていく服を一緒に考えるほどお人よしではない。ささくれた気持ちで何だっていいと言おうとして、「足と胸は出すな」とだけ言った。勝負がついてしまっているのはわかっているが、彩花の肉体に惹かれる貴一の男の部分はまだ見たくない。 
 暗がりのオフィスで一人わびしくメロンパンをかじりながら、桃子はうなだれた。
 食べ終えても、残業する気にならなかった。そもそも、帰ろうとする貴一とビルの外ですれ違ってからというもの、残業する意欲は失せていた。
 仕事に逃げているうち、仕事が好きなのではないかと思い始めていたが、やっぱり逃げでしかなかった。残業が苦にならなかったのは、貴一も残業していたからだ。残業という形ではあったものの、自分と一緒に費やしていた貴一の時間が彩花だけのためのものになろうとしている。そう考えるだけで憂鬱な気分になった。
(仕事でもするか……)
 パソコンを開けば嫌でも仕事モードに切り替わるかと思ったが、無駄なあがきだった。まるで仕事する気になれない。何もかもどうにでもなれと自暴自棄な気持ちになったのに、桃子は我ながら呆れてしまった。
職場は戦場、男を捕まえる場所なんかじゃない。ずっとそう思ってきたのに、貴一がいないオフィスでは残業する気にならないというのでは、貴一に会いに会社に通ってきたようなものではないか。
(それも六年……)
 気づけば二十九歳、三十路が目前に迫っている。急に何だか焦る気持ちがわいてきた。このまま貴一を忘れられずにいたら、ただただ年を取っていくだけ。
 かといって、新しい恋のチャンスもない。そもそも出会いがない。独身の同僚や社員もいることにはいるが、今さら興味がわかない。社外で接する相手は、工場の担当者が主だが、みな桃子よりずっと年上で、おそらくは既婚者だ。会社の内と外、どちらにしても仕事がらみの場で、その場以外での出会いの機会がない。桃子はぞっとした。
 慌ててブラウズを立ち上げ、検索バーに「出会い」と打ち込む。ずらりと表示された検索結果に、出会いに飢えているのは自分だけではないと妙にほっとする。
(先輩みたいな人には出会えないと思うけどね……)
 胸の内でそうつぶやき、桃子はブラウズをそっと閉じた。

テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。