母の不安は的中し、夜中近くになって誠は高熱を出した。全身にひろがった発疹をかきむしりながら転げまわり、布団のシーツは血だらけになった。涼子は両親を叩き起こし、父の運転する車で市内の総合病院の救急に駆け込んだ。
当直医は若い男性だった。誠を見るなり、川崎病の疑いがあると言った。聞き慣れない病名だった。医者は簡単に病気と治療法について説明した。ぼんやりした頭で、血管が炎症を起こす病気であること、心臓の血管に異常が発生した場合には命の危険があること、後遺症の残る可能性があることなどを聞いていた。
その後は、いろいろな書類にサインさせられた。入院手続きの書類、治療に血液製剤を使うので同意書など。そのたびに説明を聞かされたが、細かい点は何ひとつ理解できずに言われるままにペンを走らせた。
誠と付き添いの涼子の着替えや必要なものを母に持ってきてもらい、ようやく一息ついた頃には午前三時を過ぎていた。
身も心も疲れきっているはずなのに、涼子は寝付けなかった。
医者への不信感はぬぐえない。はしかだと思っていたのが川崎病と言われたのだ。川崎病と言われたのがはしかかもしれない。医者も人間である以上、間違いを犯す。ならば、二度目の診断こそが間違いであってほしい。
涼子は当直医にむかって「はしかじゃないんですか」とくってかかった。簡単に聞いた説明だけでも、川崎病がはしかより重い病気だとはわかったからで、はしかであってくれと祈るような気持ちもあった。
点滴をされながら眠る誠を横目に、涼子はケータイのスイッチを入れた。暗闇の中で光を放つスクリーンの向こうに希望を求める。
インターネットの世界に氾濫している情報は、医者から聞いたものとほぼ同じだった。高熱、発疹、手足のむくみ、イチゴ舌と言われる真っ赤になった舌……誠の症状も川崎病に特有のもので、誤診の可能性はなくなった。
夜明けまでには、川崎病について一通りのことは知り尽くしてしまった。川崎病とは、地名の川崎とは何の関係もなく、発見者の川崎博士の名をとってつけられたこと。発見されたのは比較的最近で、幼い子どもに多くみられる病気であること。当直医の言った通り、何らかの原因で(原因についてはいまだ解明されていない)全身の血管が炎症を起こしてしまうこと、そのため動脈硬化などを起こしやすく、心筋梗塞を起こせば死に至る場合もあること。
「死」という字を見た瞬間、全身から血の気が引いていった。誠を失うかもしれないと思うといてもたってもいられなくなり、誠の枕もとに顔をよせ、においを嗅いだ。皮脂のにおいがいつもより強い。二日も風呂を使えなかったからだ。
祭りではしゃいでいた二日前がずい分と昔のように感じられる。あんなに元気だったのに、死んでしまうなんてことがあるのだろうか。
熱を出したその日のうちに医者に診てもらっていれば、その分治療も早く開始できたはずだった。
克弥の声がよみがえる。
最低な母親だな――
克弥と遊んでばかりいたから、誠が目に入っていなかった。面倒を見ていた母は、誠の発熱がいつもとは違うと気づいたではないか。
自分は母親失格だ――
涼子は声を殺して泣いた。
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